安保激変

2018年1月12日

»著者プロフィール
著者
閉じる

小谷哲男 (こたに・てつお)

日本国際問題研究所 主任研究員

1973年生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。専門は日米同盟と海洋安全保障。法政大学非常勤講師及び平和・安全保障研究所・安全保障研究所研究委員を兼務。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。

 一方、現場の独断だった可能性はあるだろうか。中国海軍の潜水艦は2004年に一度石垣島東岸の領海を潜行したまま侵犯し、海上警備行動に基づいて海上自衛隊の追尾を受けている。その後、中国は領海侵犯を「技術上のミス」と釈明した。他に中国のものと思われる潜水艦が、2013年に3回、2014年に1回南西諸島沿いの接続水域で確認され、2016年2月には対馬沖の接続水域でも確認されている。しかし、習近平国家主席が人民解放軍の統制を強める中、日中間で最も機微な問題である尖閣諸島で、軍が独断で行動を起こすとは考えにくい。

 中国側が、尖閣の接続水域に入った場合の日本側の出方を試した可能性も考えられなくもないが、当該潜水艦は尖閣諸島沖の接続水域に入る前に宮古島沖の接続水域を潜行しており、少なくともその頃から哨戒機から投下されるソノブイと、護衛艦の艦載ヘリが投下するディッピングソナーで逐一位置を特定され、(潜水艦映画でよくあるように)艦内にはソナーの不気味な音が響き渡っていたに違いない。そのような状況で自衛隊の出方を試す必要はない。むしろ、潜水艦の艦長は一刻も早く現場海域から立ち去ることを望んだだろう。

 このため、今回の事案は共産党中央からの指示に基づいていた可能性が高い。なお、一部報道によれば、当該潜水艦の情報は米国「など」から日本に持たされたとされているが、実際の情報源は台湾である可能性が極めて高い(2004年の領海侵犯事案も、最初の情報は台湾からもたらされたとされる)。蔡英文政権が発足して以来、中国は台湾に対する圧力を強めているが、最近は中国の艦船や爆撃機が台湾を周回している。2018年に入って、中国の空母が台湾海峡も通航している。今回尖閣諸島の接続水域に入域した潜水艦が中国のどの艦隊に所属しているかは不明だが、南シナ海方面から、バシー海峡を抜けて太平洋に入り、宮古海峡から尖閣に向かったと思われる。そうであれば、習近平指導部は、海軍の作戦能力の向上とともに、台湾と日本に対する政治的圧力を目的としていたと考えられる。

日本政府が抗議よりもすべきこと

 最後に、今回の事案を受けて日本政府は中国政府に抗議をしたが、国際法上接続水域での潜水艦の潜没航行は認められており、その点で中国の行動に問題はなかった。また、日本政府は潜水艦の国籍を特定しておらず、潜水艦の行動について直接抗議をしたわけではなく、あくまでフリゲートの動きを含めた事態全体の発生についての抗議であった。ただ、日米両政府は防衛協力の指針に基づく同盟調整メカニズムを通じて、常時情報と情勢認識を共有していたはずだが、米側は国際法上問題がないにもかかわらず、日本政府が抗議をしたことに理解を示したのだろうか。米国海軍は潜水艦も含めて中国の接続水域も航行していると考えられ、そうであれば、米国政府は日本政府が中国政府に抗議をしたことを懸念している可能性がある。

 中国の行動が一方的に尖閣諸島をめぐる緊張を高めたことは確かだが、日本政府の対応として必要なのは中国政府に抗議するよりも、今回の中国の動きを可能な限り詳細に国際社会に示すことではないだろうか。現時点での防衛省の発表では、日中の艦船の細かい動向など、わからないところがまだあり、中国側の「自衛隊が先に接続水域に入った」とする主張に反論できる材料ともなっていない。国際法上の問題がないことを中国政府に抗議をするよりも、国際社会に中国が事態を悪化させる行動を取っていることを発信することの方が、同様の事態の再発を防ぐより賢明な方法ではないだろうか。
 

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る