2024年11月22日(金)

池内恵「中東の眼 世界の眼」

2011年1月18日

 興味深いことに、アラブ諸国に囲まれ、地理的にはアジアに属するはずのイスラエルは、アジアカップに参加していない。イスラエルは欧州サッカー連盟(UEFA)に加盟し、欧州選手権に参加する。イスラエルも元来はAFCに加盟していた。AFCアジアカップでは1956年の第一回大会で準優勝し、続いて準優勝(1960年)、優勝(1964年、イスラエル開催)、3位(1968年)と、最先進国だった。1970年のFIFAワールドカップ・メキシコ大会にはアジア代表として出場した。しかしアラブ・イスラエル紛争の激化の中で、アラブ諸国やイスラーム諸国、さらに中国や北朝鮮などからのボイコットを受け、1974年にAFCから除名された。ワールドカップ予選では欧州、アジア、オセアニア枠の間で揺れ動き、欧州枠で定着して以来は一度も予選を突破できないでいる。

 イスラエルが西欧であるというのであれば、ローマ・カソリックの傘下にあるマロン派のキリスト教徒が多いレバノンにも、文化的には「欧州」に属したいと考える人は多い。帰属意識でサッカーの大会への参加を決めるなら、レバノン代表は分裂して、アジア・西欧・アフリカにそれぞれ参加することになるかもしれない。それぐらいレバノン社会の亀裂は深い。おりしも1月12日、スンナ派で新欧米派のハリーリー首相がワシントンでオバマ大統領と会談しているまさにその間に、イランに支援されたシーア派民兵・政治組織のヒズブッラーは傘下の閣僚を内閣から引き上げることで、政権を崩壊させた。

カタールのグローバル戦略

 もう一つの関心事は、開催国カタール代表の戦いぶりと、大会運営の水準・手順である。いうまでもなく、2022年のワールドカップ本大会の招致に成功したカタールにとって、今回のアジアカップは、競技水準でも運営面でも、開催国に値することを証明していく、最初のステップである。

 しかしカタールの場合、人口がきわめて少ない。大国サウジアラビアを除いてペルシア湾岸のアラブ産油国は規模が小さいが、その中でもバーレーンと並んで人口が少ない。しかも人口の過半数以上が外国人労働者であり、国籍を持つ(それに伴う特権を持つ)者が人口の少数派であるといういびつな構造である。

 カタール政府は2010年の調査で人口を169万6563人と発表した。74万4029人とされた2004年から、倍増どころか128%の増加である。男女比が76対24というところから分かるように、人口の多数が単身で就労する外国人労働者である。しかしこのうちカタール国籍が何人なのか、はっきりした数字は示されていない。人口が何人いて、そのうち何人が国籍を有するのか、という国家の基本中の基本がある種の「国家機密」になってしまうのが、湾岸産油国の特徴である。

 CIAのWorld Factbookでは84万926人と推計されている(2010年7月時点)。CIAは「アラブ人」を40%と見積もるが、その中にはカタール人だけでなく、エジプト人やヨルダン人、パレスチナ人などアラブ諸国からの出稼ぎ労働者が多数含まれる。外部の観察者からは一般的にカタールでは人口中「外国人が7割以上」と言われる。カタール人はおそらく30万人、どう多く見積もっても40万人程度しかいない。

 カタールなどペルシア湾岸の産油国の政府による人口統計は二つの思惑でぶれるため、信頼性に疑問符が付せられる。一つは、外国人を含めた総人口が減っているようには見せたくないという事情がある。2000年代に、UAEドバイをはじめとした湾岸産油国では、石油・天然ガス収入を原資に大規模なインフラ投資を行い、不動産投資・投機の資金を呼び込むのが開発モデルとなった。2008年の経済危機後は、外国人労働者の帰国が不動産賃貸価格を低下させ、不動産価格を低下させた上でさらなる経済不況を招くという悪循環が発生しており、なるべく人口は増加しているように見せたい。もう一つの思惑は、自国民の人口比の低さを出したくない点である。サウジアラビア以外の湾岸諸国では出生率は低く、国籍とそれに伴う特権を持つ人口はあまり増えていない。ごく少数の国籍保有者が富を独占する現実をあからさまに示したくないため、国籍保有者の人口比を出すのは極力避けられる。


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