Inside Russia

2018年3月19日

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 日曜日の昼下がり、大聖堂がそびえる英国の小都市で起きた1つの事件が、国際社会を揺るがし、4期目を迎えるロシアのプーチン政権の舵取りを難局に追い込もうとしている。3月4日、人口4万5千人、英国南部のソールズベリーののどかな公園で、現地に住むロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の元大佐、セルゲイ・スクリパリ氏(66)と、前日にモスクワから父を訪ねてきた娘のユーリアさん(33)が何者かに襲撃され、危篤状態に陥った。

 2人が公園でぐったりと倒れていたとき、目撃者は「白目をむき、口から泡をはいていた」と語った。英国政府は対テロ専門官を現場に派遣。事件に遭う直前、親子は自宅から車で市中心部に出向き、公園近くのレストランで食事をしていた。防護服を着た捜査員が現場から数々の証拠品を押収し、その後、生物化学兵器を研究するポートン・ダウン(英国の応用微生物研究所)による解析で、襲撃に用いられたのは、ソ連軍が軍事用に開発した猛毒の神経剤「ノビチョーク」であると断定した。

(写真:ロイター/アフロ)

 英国のメイ首相は「ロシアが関与した可能性がきわめて高い」と議会で演説し、ロシアに対して制裁措置を発動した。その後、プーチン政権も報復措置を取り、冷戦時代さながらの両国の駐在外交官の国外追放や国連安保理での非難の応酬が勃発した。

 ロシア外務省は声明で「ロシアへの挑発と根拠のない非難」と糾弾。報復措置には、在サンクトペテルブルクの英総領事館の閉鎖と国際文化交流機関「ブリティッシュ・カウンシル」の活動停止も盛り込んだ。一方で、英国社会には、ロシアへの嫌悪感が急速に広がり、「制裁はまだ手ぬるい」として、国会議員らが今年6月にロシアで行われるサッカーW杯へのイングランド代表チームのボイコットを呼びかけている。

家族の不審死、謎の収入源

 スクリパリ氏はなぜ狙われたのか? 英国とロシアの緊張が最高レベルに達する中で、犯人の動機や犯行手口は謎に包まれている。近年、スクリパリ氏の家族が相次いで亡くなっていた事実がある。昨年7月にはロシア・サンクトペテルブルクに住む息子、サーシャが突然、倒れてそのままなくなった。まだ30代。病死だが、家族は死因を疑っていた。2016年には兄が急激に体重を落とし、亡くなっていた。スクリパリ氏を慕っていたユーリアさんも今回、「死のロシアン・ルーレット」に引きずり込まれてしまった。2人は生死の縁をさまよっている。

 様々な憶測が飛び交っているが、スクリパリ氏が抱える闇の世界が事件と因果関係があるのは間違いないだろう。彼は英国とロシアの間で暗躍したダブルエージェント(二重スパイ)だった。金回りがよく、「ルイ・ヴィトンのバッグを持つ男」とも言われた。相手と会うために、ヴィトンのバッグを持って渡航しようとする姿がモスクワの空港で隠し撮りされていた。

 ソールズベリーでは、煉瓦造りの瀟洒な一軒家に住んでいたが、英タブロイド紙はこの家が約5千万円の価格だったと報じている。BMWの車も所有していた。どこから、このような大金を調達していたのか、収入源についてはまだ明らかにされていない。「快活で、盛り上げ役」「ロシア料理のペリメニが好きで、祖国を愛していた」と近所の人は語ったが、事件が起こるまで、誰もスクリパリ氏の裏の顔を知らなかった。

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