この10年ほど増え続けてきた民生品のリコールは、消費者が高い品質や安全性を要求し、企業が真摯にその声に対応した結果。消費者にとってよいことであるが、欧州と違ってメーカーを守る規則のない日本では、消費者至上のトレンドが加速し、やがてはメーカーの疲弊を招く。
製品のリスクとベネフィットをバランスし、メーカーと消費者が一緒に育っていくには、どうしたらよいのか。歴史的事件や事故、企業の不祥事や製品事故など、多くの“失敗”を分析し、リスクを次の創造に結びつける“失敗学”を提唱してきた中尾政之・東京大学大学院教授に聞いた。
――先生は、近年強まる「消費者至上主義」のトレンドが続けば、いずれメーカーが疲弊し、日本から撤退してしまうかもしれない、と指摘されています。
中尾政之・東京大学大学院教授(以下、中尾教授) 日本の消費者やマスコミ、政府が、製品のリスクとベネフィットのバランスをどのように判断するのか明確でないことが、根本要因だと考えています。日本のメーカーはお客様に良品をお届けしようと真面目に改善を続け、結果的に世界一の高信頼性を実現しました。しかし日本の消費者はさらなる安全を求め、すべての製品に原発や航空レベルの高信頼性を課すようなトレンドになってきています。
メーカーが製品を改善していく努力は必要です。しかし、その製品事故が全体にとってどれくらいのリスクなのか、それに対してその製品でどれだけの人が楽しんでいるのかなど、そうしたことを定量的に考えることも必要です。もちろん、お客様のクレームの中には、感覚的で本来の機能とは関係ない“お化粧”的なものもありますが、それらをひっくるめて対応しているのが現状です。自動車や電化製品では、保証期間内のクレームにこまめに対応して、リスクを減少させています。
しかし、こうしたことを続けていれば、結局は日本自身の首を絞めることになるのです。なぜならば、今の日本には、そこまで信頼性を高めていないけれど、とにかく安価な輸入品が洪水のように流入しているからです。これらの輸入品は改善の歴史がありませんから、使っていくと思わぬところで故障します。しかし、あれほど国内メーカーの製品にクレームをつけていた消費者も、安いんだからしょうがない、といって諦めているのも真実です。中国やベトナムまで電話して怒る人はいないでしょう。でも、この状況が続くと、国内メーカーは信頼性が高いけれど高価な製品を作り続けて疲弊し、撤退していくでしょう。現に、パロマガス器具の事故があってから、大手電機メーカーは石油ファンヒーターの製造を止めています。後ろを振り返ったら、日本のものづくりメーカーがいなくなっていた、ということだって考えられるのです。
――国内メーカーがものづくりから撤退したり、海外へ市場を移すと、長期的には、どのようなデメリットが生じるとお考えでしょうか?
中尾教授 日本は明治以来、原料を買ってきて、それを加工して海外に売ってきました。これは現在も同じです。加工の付加価値でもうけて、燃料や食料を買わなければなりません。金融でもうけることが難しいことは、バブルの後によくわかったと思います。
ものづくりはバカからリコウまで、とにかくたくさんの人間が多くの種類の仕事に対して必要です。天才だけが大もうけする金融や芸術とは異なると思います。だからその工場がなくなると、仕事自体が少なくなってしまいます。仕事が無くなれば、人間の誇りが保てません。土木工事も少なくなり、福祉の仕事もあまりに安いので、現在、勉強の嫌いだった若者でも就けるような複雑でない職が減少していることは事実です。