2024年4月21日(日)

日本の新常識

2011年5月2日

 日本メーカーが自分たちで社内規格を作って製品をブラッシュアップしてきたことは、すばらしいことです。しかし、消費者からのクレームをどこまで製品に反映するのかどうかの目安(ゴール)がなくては、改良に次ぐ改良の連続でもゴールにたどり着けないので、メーカーやエンジニアは疲弊する一方です。

――このままでは、製品を売ったら最後、メーカーはその製品が壊れて捨てられるまで、責任をもつことになってしまいます。このトレンドへの傾斜を防ぐ道筋として考えられることはどのようなことでしょうか?

中尾教授 欧州は規格でメーカーや市場を守ったわけです。では規格のない日本は、どうやって守ればいいのか、真剣に考えていかなくてはなりません。私は、問題を共有し、メーカーと消費者が議論する場をつくることが第一歩だと思います。

 消費者庁の議論は、主に法律の専門家と消費者団体の代表で構成され、メーカーの人間がいません。私は消費者安全専門調査会という下部の委員会の委員ですが、理系の人は20人中4人でした。欧州委員会やその下部の規格作成団体のように、ここにメーカーの人間が含まれるべきです。メーカーや市場、消費者の安全を、どのレベルで折り合い守ればよいのかということを、かかわる者の皆で話し合う必要があるのではないでしょうか。

 あるいはアメリカのように、トップメーカーの社内規格を自治体の法律にすることも考えられます。たとえば、UL(Underwriters Laboratories)(注)はトーマス・エジソンが電球をつくったときに、その安全を保証するために試験機関と規格をブラッシュアップしました。原子力業界でも、GE(General Electric)やWH(Westing House)の規格をベースにしている。
だから、日本も国内トップメーカーの社内規格をベースに考えていくというのは、一つの手かもしれません。

 日本における「不慮の事故」の統計を見ると、メーカーががんばってきたことなのですが、かつて多かった鉄道・自動車事故、工業製品による事故が4分の1くらいに減ってきています。冷蔵庫もよくなってきたから食中毒だってずいぶんなくなってきました。こうした日本のメーカーの努力はすごいものです。エンジニアは失敗に直面すると分析して記録に残し、新しい規格に反映させて改良に結び付けてきました。

 しかしそれでも民生品のリコールが増える一方なのは、日本の消費者やマスコミのメーカー叩きをメーカーが真摯に受け止めるからです。しかしこのままでは、叩きすぎて日本市場からメーカーが退場してしまうのではないでしょうか。前述の電気便座の話も、欧州委員会の人からは「Stupidの失敗には、僕らは付き合わないよ」と言われました。

 失敗をおそれずに立ち向かってきたメーカーの努力があるから、日本人の生活はよくなってきた。そしてこれからもメーカーとエンジニアはよいものを作っていくしかない。

 だから消費者も、「メーカーは消費者の敵」という目線をやめるべきです。日本の製品に誇りをもって、世界一の製品を一緒に育てようという気持ちをもてば、よい消費者とメーカーが、ともに育っていくことができるでしょう。

(注)UL(Underwriters Laboratories):1894年にウイリアム・ヘンリー・メリルによって米国保険会社のために電気および火災の危険に対して製品を試験する目的で創立。米国保険協会の後援の下、材料や装置、製品、システムなどについて、安全試験を行ってきた機関。現在では米国保険協会とは直接の関係はないが、世界で最も古く規模の大きい権威のある安全試験機関として知られている。

中尾政之(なかお・まさゆき)
東京大学大学院工学系研究科教授。1958年生まれ。東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修士課程修了。1983年日立金属株式会社入社、磁気ディスクの開発・設計等に従事。1992年に同社を退社後、東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻助教授を経て、現職。
主な著書に『失敗百選―41の原因から未来の失敗を予測する』『続・失敗百選―リコールと事故を防ぐ60のポイント』(ともに森北出版)、『設計のナレッジマネジメント―創造設計原理と TRIZ』『知っておくべき家電製品事故50選―事故を知るとリスクが見えてくる』『東大で生まれた究極のエントリーシート』(ともに日刊工業新聞社)、『創造はシステムである 「失敗学」から「創造学」へ』(角川oneテーマ21)など。


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