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2011年5月23日

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人口も経済規模も最小の県からサッカーJリーグに昇格したガイナーレ鳥取。
「無理だ」という声を撥ね除けたチームを支えたのが、社長の塚野真樹だ。
万事控えめな県民に、本気でやればできると思わせたかった塚野は、
地域の大人や子どもを巻き込もうと、何と鬼ごっこを始めた。
鬼ごっこでJリーグに昇格したクラブ。塚野の思いは、いったいどこに。

「鳥取には何もない」って
控えめになっているのが悔しい

 「本気で何かをやっている時って、本人は楽しいし、周りも喜怒哀楽を共有できる。みんなが、自分は独りじゃない、生きているって感じることができる。それって、すごく幸せなことだと思うんです。家族の中に、地域の中に、ここは譲れん、俺は本気だというのがあるかどうか。僕がやりたいのは、これなんです」

塚野真樹(つかの・まさき)
ガイナーレ鳥取クラブ代表。1970年鳥取県生まれ。米子東高から早稲田大へと進み、95年にヴィッセル神戸にテスト入団。98年に引退し、SC鳥取(現ガイナーレ鳥取)の選手、監督、GMを経て2006年から現職。  写真:田渕睦深

 今期からサッカーJリーグに昇格したガイナーレ鳥取。Jリーグ入りの条件は、アマチュアリーグ最高峰のJFLで4位以内となることだ。2001年に前身のSC鳥取がJFLに上がってから、上位進出はおろか残留争いの常連だったチームは、「人口も経済規模も日本でいちばん小さい鳥取県からJリーグなんて無理」という声を10年かけて撥ね除けた。最初は選手として、次に監督として、今は社長として、チームをずっと支えてきたのが塚野真樹だ。

 塚野自身、Jリーグのヴィッセル神戸に所属した元サッカー選手だ。1998年に引退して郷里の鳥取に戻り、働きながらSC鳥取でプレーし、チームの運営に携わるようになった。塚野にとっては、サッカーの強いチームをつくることが目的ではなかった。本気でやってみようと、鳥取の人が思えるようにしたかった。

 「05年の暮れにチームが『J挑戦』を宣言し、社長をやれと打診されました。僕は指導者をやりたいと断ったんです。でも社長は見つからず、期待を膨らませていた選手も元気がなくなって、大学生に0−4で負けた。『ああ、こいつら諦めた』って思いました。今まで積んできたものが壊れるのはまずい、僕がやることで一歩でも進むならと、06年12月に社長に就きました」

 Jリーグを目指すには桁違いに金が必要で、資本金なら1億5000万円が目安。親会社や地域の名士の号令で金が集まるフレームは、鳥取にはない。塚野は汗をかくしかなかった。

 「最初は、まったく集まらなかった。みなさん『無理だ』って言っていました。賛同してくれた個人が19人、50万円ずつ出しあって、資本金950万円でなんとかスタートしました」

 「でも僕は、何年かかるかわからないけど、やれると思っていた。鳥取にはサッカー専用スタジアムがある。地元選手だけの草サッカーチームでJFLに上がった熱さもある。あとは、スポーツが持っている価値があるんだから、できないはずがない。人口とか景気とかが理由なんて嘘だと思っていました」

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