2024年4月26日(金)

Wedge REPORT

2011年5月23日

――オバマ大統領自身の言葉で語りかけるリーダーシップは、いつもどおり鮮やかですね。翻って日本で は、中東の激変に政治や外交・通商当局、そして企業は対応できているのでしょうか。

池内准教授 オバマ政権の認識を端的に示すのは、「ステータス・クオ(現在の体制)は維持できない」と言い切っているところです。また、この変化が一朝一夕に終着点を見出すことはなく、行きつ戻りつして、数年はかかる、望ましい結果になるとも限らない、との見通しを示しています。その困難な時代変化を見極め続け、超大国として関与し続けるという意思表明がはっきりとなされています。これは中東の同盟的な政権と、敵対的な政権の双方への宣告であると同時に、米国政府と米国民に示す指針でもあります。困難な舵取りを迫られていく現実を見つめ、そこから米国にとっての機会を見出していく。それに賛同する現地の勢力を募っていく。これが外交の言葉であり、政治指導者の言葉です。

 比べるのも悲しいですが、日本ではこうはいきません。そもそも政治家は外交演説をしませんし、外務省が政治家に何か言って欲しくても、全く基礎から分かっていないので、危なっかしくて表に出せない。実際に政策を考えて実施している役所や関係団体・諸機関の現場というと、「関係の深い国は安定していてほしい、敵対的な国も、小康状態を維持して、これ以上混乱しないでほしい、その方が担当者として楽だから・・・」(笑)と、トップレベルから現場の担当者まで、希望的観測で願ってしまう。そうすると、専門家とされる人たちも、その願望に合わせた分析を上げる。そうしないと干されてしまう、と怖れている。皆で「大丈夫だ、大丈夫だ」と言っておきながら、明らかに状況が変わると後になってから「実は知っていた」と言う。「前例のない変化だったから見通しが外れても仕方がなかった」と言い訳をするか、あたかも「自分は分かっていた」かのような顔をして他人に責任をなすりつけるかのいずれかです。重要なのは、日本の組織と人間に、対応できない何か欠如があったのではないかと問い直して、改めていくことではないかと思うのですが。

 中東の変化が明らかになって以降も、日本の政府・企業・メディアは長期的な構造変化を見ていける組織と人材を作っていこうというマインドに乏しい気がします。結局日本の大組織は政府も民間も役人社会になっている。数年間かけて重要な変化が起こっていく見通しなど、自分は担当者ではなくなるから、興味がない。しかし長期的変化のプロセスを見極めていく組織と人材がなければ、政府であれ民間であれ、外交・通商上の良い位置を占めることなど不可能です。日本には狭い意味での現場の担当者しかいないので、長期的な変化の中に機会を察知して判断に生かしていくための組織と人材の下支えがないし、情勢判断を重視する上層部もいない。要するに日本では、今実施している政策に都合のいい情報しか求められないのです。政策や企業活動を実施する部門から中立した情勢判断の部門がない。この半年の中東の激動に対する、日本の官庁や対外関係機関、メディアや企業の情勢認識と分析判断を、私の知り得る限り観察してきましたが、外しまくっているのに、全く危機意識がない。そもそも今回のように社会の根底から変化が生じてくると、そんなものを見て判断することのできる「担当者」がいないのです。政治と経済の表層だけを見てオフィスワークをこなせる人材が標準で、それ以上の能力を備えさせる人材育成をしてこなかった。

 第二次世界大戦の敗戦の原因の一つとされる日本の組織と個人の情報収集・分析能力の欠如という問題は、残念ながら変わっていません。

――対中東に限らない根深い問題ですね。オバマ政権の政策に話を戻しますと、中東の民主化と言うと、ブッシュ前政権の政策が思い起こされますが、その相違点はどのようなところでしょうか?

池内准教授 オバマ政権の中東民主化支援の表明は、ブッシュ政権の中東民主化構想と似ていますが、「実際に現地で民主化要求が活発に出ている」という状況がブッシュ政権時代と異なっています。また、オバマ政権の手法は「内側からの市民社会活動」に支援を与え、「民主化プロセスに移行した国(チュニジアとエジプト)」に経済支援の「ご褒美」を与える、というものであり、軍事的な政権転覆を前面に出したブッシュ政権とは対照的です。また、オバマ大統領の演説では、国ごとの状況の微妙な相違を的確に指摘し、米国の国益との相反に応じて、細かく対応に差をつける旨を、言葉を尽くして定義・説明するなど、前政権とスタイルは当然大きく異なります。

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