5月24日の受注再開と同時に、福島産の干物8枚をセットにした「フクフィッシュ」の販売も開始。福島の小名浜港で三代にわたり60年近く水産加工を営んできたカネキュウ鈴木商店の鈴木貴夫社長(37)は、5月半ばにプロジェクトから声を掛けられた。震災前に水揚げされ、冷凍庫の中で津波や停電の被害を奇跡的に免れた干物は、原発事故の影響でなかなか買い手がつかない状態だった。「自分たちだけではどうにもできないと、震災後ずっと気持ちが沈んでいたんです。でも、フクフィッシュの話を聞いたとき、初めて気持ちが前向きになるのを感じました」。小名浜での水揚げはいまだ行われておらず、「水産物の買い入れ量は例年の3割から4割」にとどまるものの、「9月の水揚げ再開に向け、仲間と前向きに語れるようになった」と話す。
小名浜の水産加工業者のもとを訪れ、直接交渉した井戸氏は言う。「被災地の人は皆、希望をほしがっています。海の恵みで生計を立ててきた彼らにとって、精魂込めてつくった水産物を買ってもらうことが、何より希望につながるはずです」。
海外への販路拡大も視野に
プロジェクトは、多くのチャリティーによって支えられている。セールスフォース・ドットコムによるクラウドの提供、USEによるシステム構築支援、インテルからPC、UQコミュニケーションズからはUSB通信端末を貸与され、これらはすべて無償で行われている。さらに、配送を特別料金で請け負ってくれているのはヤマト運輸。しかし、久野氏は、「いつまでもチャリティーに頼ってはいられない」と、プロジェクトの自立化に考えを巡らせている。
受注を再開した5月24日、久野氏はそれまで勤めていた会社を退職した。「プロジェクトを一時的な震災復興支援で終わらせてはいけない。震災前から、農家はずっと流通の問題に悩まされてきました。報道が下火になれば買い支えの力は弱まるでしょう。でも、努力や工夫を重ねる農家を支え続けるには、同情からではなく、本当に良いものを消費者に納得して買ってもらうことが大事。今後も、出荷農家の数を増やしていきたい」と語る。
安定した収益を確保するため、国内での販売強化と同時に海外への販路拡大も視野に入れている。しかし、国内からはいまだ安全性に関する不安の声も寄せられており、海外に輸出する際にもネックとなる。そこで今、コンピュータ総研社に全数検査システムの開発を協力してもらいながら県と協議を重ね、より確かな安全性を証明しようと全力を注いでいるところだ。
福島に工場を 愛知県企業の挑戦
「メイド・イン・フクシマの防災用品を、世界に売っていきたい――」。6月2日、うぐいすの声が耳に沁みる福島県いわき市の郊外にエンジニアリングセンターを立ち上げた愛知県の制御盤メーカー、三笠製作所の石田繁樹社長(39)は、5年以内の目標として冒頭の言葉を語った。
震災後、被災地でのボランティアに奔走する友人たちを見て、自分に何ができるかを考えた。そこで導き出された答えが、被災地に工場をつくることだった。「震災後の数年間は、インフラの復旧需要があるため雇用は一時的に賄われます。ただ、インフラが整う3年後くらいから大量の失業者が発生するのは目に見えている。それは阪神大震災の後、神戸が経験してきたこと」。福島を神戸のようにしてはならないという想いが、石田社長の原動力となった。
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