チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年7月4日

»著者プロフィール
著者
閉じる

城山英巳 (しろやま・ひでみ)

時事通信社外信部記者

1969年生まれ、慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社入社。社会部、外信部を経て2002年6月から07年10月まで中国総局(北京)特派員。 外信部を経て11年8月から2度目の北京特派員。11年、早稲田大学大学院修士課程修了。現地での中国取材は10年に及ぶ。16年5月に帰国し、現在外信部記者。近著に『中国 消し去られた記録〜北京特派員が見た大国の闇』(白水社)、著書に『中国臓器市場』(新潮社)、 『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書、「第22回アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『中国人一億人電脳調査』(文春新書)がある。14年に戦後日中外交史スクープで13年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

 中国共産党創立90周年を迎えた7月1日、胡錦濤総書記(国家主席)が北京の人民大会堂で行った演説は、新味のない内容だった。来年秋の党大会で引退する胡総書記の姿を見ていると、何か新たな路線を打ち出すことにより党内のゴタゴタが拡大すると怯えているのでは、と感じざるを得ない。

 「近代以来、中国の社会発展の進歩における雄荘な過程で、歴史と人民が中国共産党を選択したのだ」。胡総書記はこう、国民の大国意識を刺激する一方、「精神の緩み、能力の不足、群衆の離脱、腐敗などの危機は尖鋭化して党全体の前に横たわっている」と危機意識を前面に出すいつもの基調に終始した。

 盛り上がらない共産党創立90周年イベントを補うために不可欠なのが国威発揚だ。民衆に、普段から抱える不満や怒りを忘れさせ、国民を一つにまとめるため、共産党指導部が政治利用したのが北京―上海間の高速鉄道開通だった。しかしこの「中国版新幹線」プロジェクトこそ、歪んだ現代中国社会の「縮図」であるのが現実だ。

共産党指導下で成し遂げられた「人間の奇跡」

 「北京―上海高速鉄道プロジェクトは中国鉄道建設者の誇りであり、さらに中華民族の誇りである。まさに中国共産党の正しい指導の下で成し遂げられた人間の奇跡だ」。開通日の6月30日、国営新華社通信はこう伝えた。

 北京―上海間1318キロを、従来の半分の最短4時間48分で結ぶ。しかし何よりも国際社会を驚かせたのは、2008年4月の着工以来、わずか3年2カ月で完成したことだ。当初の開通予定は第18回共産党大会が開かれる2012年だったが、その後はどんどん早まり、ついに共産党創立90周年に間に合わせた。

鉄道相がこだわった2つのスピード

 国営新華社通信は「着工以来、13万人を超える労働者らが動員され、ピーク時には1日当たり、1万トンを超える鉄筋、3.5万トンのセメントを消費した」と伝える。「大会戦」さながらの光景が展開されたという。しかも沿線の8割が高架で、244の橋梁と22のトンネルをこれだけ短期間の突貫工事で建設したのは、指導部の一声で何でも押し通す共産党流の「中国モデル」の為せる技だ。

 建設に拍車を掛けたのが、08年秋に世界を襲ったリーマンショック後に打ち出された4兆元に上る内需拡大策だったが、間近に迫った共産党創立90周年は工事を急がせたのも事実だった。

 この旗振り役が、劉志軍前鉄道相だった。彼が何よりこだわったのが2つのスピード。つまり「建設」と「車両」。試験飛行で時速486キロを記録し、「CRH380」型という名称に見られるように、北京―上海間の高速鉄道は時速380キロでの開通を目指した。350キロでの運行も可能としているが、開業直前になって突然、300キロに引き下げたのだ。  

鄧小平が感動した日本の新幹線

 なぜここに来てスピードを引き下げたのか。劉志軍が今年2月、高速鉄道利権に絡む巨額汚職疑惑で失脚したことが転換点だった。鉄道省の元幹部は中国紙に対して「(劉志軍が)世界一にこだわり、安全性を無視して作った速度だった」と暴露。国威発揚のためには時速300キロの日本の新幹線を超えるスピードが必要だというわけだった。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る