ウナギを食えど保護しない日本

ウナギ博士に聞く(第1回)


青山潤(あおやま・じゅん)
東京大学大気海洋研究所特任准教授。1967年、横浜市生まれ。東京大学農学生命科学研究科、博士課程修了。その後、東京大学海洋研究所に所属し、塚本勝巳教授の下でウナギの研究に携わる。2008年より海洋アライアンス連携分野特任准教授。現在も、研究の傍らエッセイなどを執筆している。著書に、ウナギの新種を求めてアフリカ大陸を右往左往した『アフリカにょろり旅』や、ウナギの標本収集のためにタヒチ島などを訪れた『うなドン』(ともに講談社)がある。

<短期集中連載>ウナギの謎に迫る

知っているようで知らないのがウナギの世界。ウナギ研究のため、世界中を駆けずりまわる「ウナギ博士」とともに、謎に包まれた生態、世界中のウナギの食し方などなど、柔らかい語り口でご紹介します。

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蒲焼きの価格高騰がメディアを騒がせています。牛丼チェーン店では、鰻丼を昨年より100円近く値上げしましたし、数百円の値上げに踏み切った老舗の鰻料理店もあります。

 日本人の食べるウナギは、ほとんどがいわゆる“養殖モノ”です。これは天然のシラスウナギ(ウナギの稚魚)を捕まえ、養殖池で育てたものです。タイやヒラメと異なり、飼育環境下で卵から稚魚を育てることのできないウナギは、養殖といえど元をたどれば天然モノなのです。昨今、シラスウナギが不漁となり、養殖モノの出荷量が激減しています。ならば、天然のウナギ資源を保護すれば良いじゃないかということになりそうですが、話はそう簡単ではありません。グアム島近くの太平洋に産卵場を持ち、数千キロの旅をして東アジアへやってくるウナギの生態には、まだまだ未解明の部分が多く残っています。産卵場で生み出されたウナギは、我が国のみならず中国や台湾、韓国にも来遊します。すなわち、ウナギは東アジアに共通の財産と言えます。こうなると、生息域の一部だけで保護活動を行っても、ウナギ資源全体への効果は極めて限定されてしまうことは明らかです。生態的に不明な部分が多く、さらに国境を越えた保護活動が必要とあって、現在は具体的かつ効果的な対策が取られていません。

 その一方で、同じく激減するヨーロッパウナギ資源に対し、EUは積極的な保護政策を打ち出しました。2007年に採択されたワシントン条約(CITES)への記載もその一例です。加盟各国による様々な管理・保護政策がどのような結果に繋がるのか、世界中のウナギ研究者が注目しています。

 では、世界のウナギ生産の6割以上を消費しているといわれるウナギ大国日本で、その資源管理・保護が遅れている原因はどこにあるのでしょうか。

稚魚が減少した複数の要因

 私たちが普段口にするのは、ほとんどがニホンウナギという種類です。彼らの産卵場は長く謎に包まれていましたが、ようやく06年になって、東京大学大気海洋研究所の塚本勝巳教授らのチームによりマリアナ諸島近くにあることが明らかにされました。これをきっかけに、その産卵生態は急速に解明されつつあります。

 マリアナ諸島南西の海で孵化したニホンウナギの仔魚(レプトセファルス)は、ゆっくりと西へ向かう北赤道海流によって運ばれます。この海流は、フィリピンの東で南北に分岐して、それぞれミンダナ海流と黒潮へ続きます。遊泳力に乏しいレプトセファルスは、いわば海流のベルトコンベアーに乗った状態にあります。ここで、北へ向かう黒潮に乗り換えなければ、彼らの生息地である東アジアにたどり着くことはできません。南へ運ばれるということは、フィリピン南部やインドネシアなど、ニホンウナギの生息しない地域へたどり着くことを意味します。これら熱帯の河川でニホンウナギが発見された例はありませんので、恐らくどこかで死んでしまうものと考えられます。

 北赤道海流から黒潮への乗り換えには、産卵場の位置や仔魚の成長に伴う遊泳行動の発達、さらには海流の速度など様々な条件が必要であることが知られています。すなわち、この「乗り換え」は、長い進化の歴史を通じてウナギが作り上げてきた緻密なメカニズムといえます。近年、地球温暖化などにより、海流に変化が起きているとの指摘があります。そうした環境の変化によって、南へ運ばれてしまう仔魚が増えているのかもしれません。

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