ドイツでは「解雇」をしやすくした結果、短期的には失業者が500万人を超えた。
ところが長期的には、雇用の流動性が高まり、逆に労働市場が拡大して失業者は減った。
しかもこの厳しい改革を行ったのは労働組合を支持母体とするシュレーダー政権だった。
硬直化した日本の労働市場にとって、ドイツの事例は何よりの教訓になる。
日本のメディアが伝える欧州の経済ニュースと言えば、ギリシャなどの国家財政が危機に瀕しているという話ばかりで、欧州連合や共通通貨ユーロは崩壊の瀬戸際にあるとの見方が広がっている。さぞかし欧州の景気はメタメタなのだろうと思うと、どうも実態は違う。ドイツを訪れれば一目瞭然で、様相はまったく違っていて、かつてないほどの好景気に沸いているのだ。
なぜか。きっかけは、ユーロ安によって輸出企業の業績が急回復したことだが、国民経済に火が付くには、それだけでは十分ではない。企業の復活によって雇用が生まれ、賃金も上昇し始めた結果、個人消費や投資に火が付いたのである。都市部では建設需要が盛り上がり、不動産価格も上昇傾向にあるという。ドイツの好景気はスイスなどの周辺国にも及んでいる。
何だ。「通貨安」というカミカゼが吹いただけではないか、と切り捨ててはいけない。2000年以降、日本は実質実効為替レートで見ると円安が続き、その結果、企業は高収益を上げたが賃金は下がり続け、景気は沈んだまま今日に至っている。ドイツと日本の違いはいったい何なのだろうか。
「シュレーダー時代の改革があったから、ユーロ安の追い風をフルに享受できた」とドイツのプライベートバンクの友人は語る。シュレーダー前首相は03年3月に「アジェンダ2010」と名付けた改革プログラムを発表した。当時、ドイツは深刻な成長の壁にぶつかり不景気に喘いでいたが、グローバル化する経済の中で、再び成長に乗せるために大改革を打ち出したのだ。
改革の柱は労働市場改革と社会保障制度改革。ドイツは一度採用したら解雇はほとんど無理と言われるほど厳しかったが、法律を改め、解雇をしやすくしたのだ。また、失業手当の給付期間を短縮する一方、失業手当を社会扶助の同額まで引き下げた。
労働者の権利を過剰に保護していることが企業の活力を失わせ、過剰な手当が失業者の再就職する意欲を喪失させていると考えたのだ。一種の「既得権」がドイツ経済を沈滞させている元凶と考えたわけだ。
既得権の撤廃は、ドイツの“文化”にまで及んだ。マイスター(親方)の資格者がいないと起業したり買収したりできなかった規制業種を大幅に減らしたのだ。ドイツの徒弟制はドイツの技術の高品質を維持する一方で、参入障壁とすることで収入を保証する既得権でもあった。グローバル経済の中でドイツが伝統に固執すれば、競争力が削(そ)がれるという判断だった。
改革に当たって、シュレーダー首相は大幅な減税を前倒しして実施したが、世の中では「痛み」が先に現れた。失業率が上昇したのだ。痛みを伴う改革が断行できたのはシュレーダー・ドイツ社会民主党(SPD)政権の支持母体が労働組合だったためだ。当初は「3年で失業者を半減させる」として組合の支持を得ていたが、改革実施後の痛みに耐えかねて組合の支持率は急低下、デモも頻発した。