セシウム牛
農家の責任と全頭検査の弊害


松永和紀 (まつなが・わき)  科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ライターに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008受賞。2011年4月、科学的に適切な食情報を収集し提供する消費者団体「Food Communication Compass(略称FOOCOM=フーコム)を設立し、「FOOCOM.NET」を開設した。

食の安全 常識・非常識

農薬や食品添加物、遺伝子組換え作物から食品偽装、さらには放射線や生肉問題まで、定期的に、頻繁に、世間の話題にのぼる「食の安全」に関するあれこれのニュース。しかし、それらに関する報道は、残念ながら消費者に誤解を与えるようなものが少なくない。食の「安全」と「リスク」を正しく理解するために、科学に基づいたニュートラルな情報や問題が起きた社会的背景などを解説し、消費者が勘違いしている食の「常識・非常識」に切り込んでいく。

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牛肉の放射性セシウム汚染が次々に明らかとなっています。「牛肉が汚染されているならば、ほかの肉も」と市民の不安は拡大し、「検査で食品の安全を確認して」という声が高まっています。しかし、家畜によって飼料や飼育方法はまったく異なり、ほかの食品も生産工程はさまざまで、牛肉汚染を理由にすべての食品を疑えるものではありません。そして、検査には限界があり、全頭検査には弊害もあります。また、ガイガーカウンターで食品を調べるような消費者の動きは科学的には意味がありません。

 今回の問題は、「国はけしからん」「全頭検査で安全を」で済ませられるほど単純な話ではありません。詳しく説明しましょう。

セシウムに汚染された稲わらが牛に

 牛肉の放射性セシウム汚染は、東京都の7月11日の発表でまず、明らかとなりました。福島県南相馬市の牛の肉で、放射性セシウムが2300Bq/kg検出されたのです(暫定規制値は500Bq/kg)。その後の都の検査で、同じ生産者の出した別の10頭の肉も暫定規制値を超えていることがわかりました。この11頭は出荷されませんでしたが、同じ生産者が以前に出した6頭は既に流通し、すべてが規制値を超えていたことも判明しました。

 福島県が原因を調べたところ、放射性セシウムに汚染された稲わらが牛に与えられていました。その後、汚染稲わらが福島県や他県のほかの生産者にも飼料として用いられていたことが判明し、影響は拡大しました。

放射性セシウム汚染稲わらの使用農家概要 出典:農水省まとめ
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 農水省のまとめでは、東北・関東11都県で調査した肉用牛肥育農家3390戸中、汚染された稲わらを与え出荷したのは120戸、全国では計170戸(16県)、出荷頭数は2965頭に上っています。うち、検査が実施されたのは393頭で規制値超過は31頭です(7月28日まとめ)。

 これまでに確認された汚染牛肉の放射性セシウムの最高値は、南相馬市の牛の肉の4350Bq/kgです(この肉は出荷されていません)。1kg食べると成人で約0.06mSvの被ばくに相当します。汚染肉を毎日、何kgも食べるような生活はあり得ず、私たちが日頃の食事から摂る自然の放射性物質による被ばくが年間0.4mSv程度とみられることを考え合わせると、この肉を食べて被るリスクは無視できるほど小さいと言えるでしょう。

汚染に、3つのパターン

 もちろん、原発事故による被ばくを極力避ける努力は必要です。なぜ、汚染された稲わらが牛に与えられてしまったのでしょうか? 

 農水省は事故後の3月19日、飼料、水、飼育場所等の管理についての通知を出していました。「畜産農家の皆様へ」と題した文書では、「家畜に放射性物質がかかった牧草、乾草、サイレージなどの飼料を与えることがないように」として、事故前に刈り取り屋内に保管していたものを使うことなどを伝えていました。文書に「稲わら」という言葉はなく、こうした文書で出ていることを知らなかった農家がいることも判明しました。農水省はセシウム汚染牛肉の問題が明らかになった後に「指導が十分でなかった」と認めています。

 しかし、私はもっと細かく見るべきであるように思います。

 畜産農家が放射性セシウムに汚染された稲わらを食べさせてしまった事例は、3つのパターンに分類できます。

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「食の安全 常識・非常識」

著者

松永和紀(まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ライターに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008受賞。2011年4月、科学的に適切な食情報を収集し提供する消費者団体「Food Communication Compass(略称FOOCOM=フーコム)を設立し、「FOOCOM.NET」を開設した。

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