定年バックパッカー海外放浪記

2018年11月11日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2017.11.4~2018.1.10) 68日間 総費用33万9000円〈航空券含む〉)

“白鳥の海”の中国人一族

 1月2日。タスマニア島の東海岸の景勝地スワンシー(白鳥の海)の海岸の公園でランチ。公園のバーベキューハウスでハムステーキと野菜を焼いていたところに、山東省青島市出身の一族がやってきた。隣のテーブルで賑やかに持参した料理を広げ、同じようにBBQを始めた。

タスマニア中央部の中心都市ロンセスタンの博物館。19世紀に東海岸の港町セント・へレンズから錫鉱山の開発に伴い中国人労働者が内陸部に進出して行った軌跡がドラゴン・ロード として特別展示されているコーナーがある

 若夫婦の旦那はITエンジニアで奥さんと一人息子と旦那の両親の5人でメルボルン在住。若いカップルが先に移住してきて昨年旦那の両親を呼び寄せたという。今回はさらに青島から伯父夫婦も遊びに来たので7人でクリスマスから年末年始の休暇を利用してドライブ旅行しているとのこと。

 若夫婦の両親と伯父夫婦は明朗闊達な人達で、豪州旅行を心底楽しんでいるようだった。彼らは1953年生まれのオジサンより数歳上の世代のようだ。西洋料理は口に合わないので、好きな食材をスーパーで買ってホテルで簡単に調理しているという。持参した手料理を分けてくれた。

 中高年の四人は英語を全く解さないので中国語で会話。若夫婦の夫の父親は1949年生まれ。高校時代は文化大革命の嵐が過ぎた直後で幸運にも“下放”経験はないと語った。下放とは都市部の中高生を農村に送って農民の生活を学ばせるという文化大革命時代に毛沢東が主導した運動である。

 四人は中華人民共和国建国の草創期に山東省の港湾工業都市の青島に生まれ、文化大革命を経験。さらに近年の経済成長を体験してきた年代である。政治経済の混乱期を経て高度経済成長を支えてきたということでは日本の団塊の世代と相通じるものがある。

タスマニア島のスコッツデールの自然公園。彼女たちはオーストラリア      生まれの華僑二世。おしゃべりは英語と中国語のチャンポンで賑やか

教養人であり国際人であるということは?

 彼ら4人の中高年は日本のオジサンが一人で自転車旅行をしていることを称賛し激励。日本人と話しをしたのは初めてだという。最後に慎重に言葉を選びながら「日本人は友人であり大事な隣人です」と握手を求めてきた。

 彼らの年代では身近な人達から見聞きした抗日戦争の記憶が生々しく、共産党の反日教育が徹底しており素朴な反日感情が根強い。日本に対しては複雑な感情があるのは当然であろう。それゆえ日本人を敢えて“友人・隣人”と表現した心情に重みを感じた。

 4人は英語も話せず着ている服装も“中国地方都市中高年風”であり垢抜けない。しかし中国的大人(ターレン 立派な教養人)であると思った。外国で未知の国の人間と会って礼儀正しく接して、楽しく国際交流ができる。彼らは真の意味で教養人であり国際人であろう。

 4人は帰り際に若夫婦の1歳半の子供が食べ散らかしたゴミを持参したティッシュペーパーで丹念に拾い集めて片付けて行った。

中国人にとりワーキングホリデービザは宝くじ

グレートオーシャンロードの絶景ポイント。ポート・キャンベル付近

 1月3日。タスマニアの州都、ホバートの中心街のホステルにチェックイン。キッチンでは3人の中国娘が調理中であった。彼女たちが料理した餃子,肉野菜炒めビーフン(米粉)とオジサンの一つ覚えのソーセージ入りトマトソースパスタをシェアして4人で夕食のテーブルを囲んだ。

 3人ともにワーキングホリデービザで来豪し、偶然同じホステルで長逗留することになった。リリーは江西省出身。ホステルでリネン類の整理やベッドメイキングをしている。モニカは湖北省出身。出身地の大学で英語を専攻。近くの旅行代理店で働いており中国人団体旅行の手配や諸々のお世話をしている。ウェイウェイは厦門(アモイ)出身で農園での農作業に従事。繁忙期なので平均毎日10時間働いているという。

 3人によると中国若者にとりワーキングホリデービザは非常に希少価値が高いという。ワーキングホリデーは先進国間で相互に若者を受け容れて1年間(或いは2年間)就労したり観光したりできるという制度である。先進国間の相互協定なので、そもそも中国と協定を締結している国はオーストラリアとニュージーランドの二か国しかない。 オーストラリアの中国人の受入枠は年間5000人だけという。健康で29歳以下という条件しかないので、中国全土の海外生活・海外移住希望の若者がビザ申請に殺到する狭き門だという。

ホバートのホステルの共同キッチンで。左から中国女子のモニカ、リリー、オジサン

中国3人娘の夢は格差社会中国から自由の国オーストラリアへの移住

 3人の話を総合するとワーキングホリデー(以下、“ワーホリ”)人気の理由は以下のようになる:

  1. 一般庶民の学生にとり海外生活することは経済的に不可能。外国で暮らしてお金が稼げるワーホリは魅力的。
  2. 本場の英語を学ぶことができる。中国の地方都市では英語を話す機会がない。
  3. 将来の移住の準備ができる。
  4. 中国人学生の大半は休学または“ギャップイヤー”(大学卒業後に就職或いは大学院進学の前に一年間海外で見聞を広めることを指す。欧米では一般的慣習)としてワーホリ体験をするのでキャリア形成を犠牲にしないで済む。

 3人は口々に現在の中国では自分の将来について悲観的にならざるを得ないと訴えた。中国では近年大学進学率が50%に達しており大量の大卒に対して満足できるような求人が少なく若年労働者の実質的失業率は三割近いという。さらに大都市の公務員や大企業などの人気職業は余程の高学歴かコネ(后門関係 ホウメングアンシー)がないと不可能という。

 3人の不満は中国の若者一般から常々聞いている“格差社会中国”の生き難さそのものだった。

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