チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年8月31日

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三宅康之 (みやけ・やすゆき)

関西学院大学教授

1969年生まれ。京都大学博士(法学)。専攻は現代中国政治外交。著書に大平正芳記念賞を受賞した『中国・改革開放の政治経済学』(ミネルヴァ書房、2006年)などがある。

 仕事は大学教員ですといえば、時間の融通が利いていいですよね、と言われたりするが、昨今の大学では、講義期間中はますます休講しづらくなり、海外出張はやはり夏季休暇中にまとめて行わなければならなくなっている。

 今年も講義が終わった途端、まず上海に飛び出し、香港、台北と回ってきたところである。中華圏の三つの大都市を回っていると、おのずといくつもの共通点に気づく。まず、至る所で中国人団体観光客を見かけたことである。台北でも、遠くは中国西北部の陝西省からの団体客を見かけたし、中国人観光客が景勝地の岩に自分の名前を落書きしたというニュースも見聞した。香港ではブランド店前に客が列を作っていたが、全員とは言わないまでも、大半が中国からの観光客であることが見て取られた。上海も、内陸部に住む人々からすれば、十分観光地で、南京東路近くには団体旅行用バスが何台も連なって止まっていた。香港、台湾だけではなく、上海など沿海部の大都市も産業空洞化し、中国人団体観光客に依存するようになる日もさほど遠くないのかもしれないと感じた。

拡大する貧富の差と
再分配政策

 さて、元気で財布の紐の緩い団体旅行客とは裏腹に、いずこの住民も貧富の差の拡大が深刻と認識しており、住民の間では閉塞感が強い。住宅価格は高騰し、若年層の就職状況も厳しく、なかなか明るい展望を持てないという点で、日本人にとっても、とうてい他人事ではない。

 そこで、当局も再分配面で対応が求められることになる。再分配政策と言えば誰しもがすぐ思いつくのは、高所得者層から多く吸い上げ、低所得者層に手厚く分配するような税制改革であろう。しかしながら、そのような改革は政府を支える既得権益者の利益と抵触するため、思い切った変革は難しいことも分かりやすい。実際、各地でも対策は分かれている。ここでは、激しいインフレが庶民の生活を直撃している香港と大陸で今年の夏に打ち出された再分配政策について概観してみたい。

 財政に比較的余裕がある香港では、政府当局が住民の不満をなだめるため、電気料金を引き下げたり、老年層向けの手当を給付したりするなど、あの手この手で「アメ」を配っている。だが、恒例行事化しているため、すでに住民側も織り込み済みで、当局の措置には満足していない。事の大小を問わず、デモが頻発するようになっただけでなく、激化しているようである。筆者の滞在中にも、小学校の統廃合を巡ってのデモを見かけた。

最低収入額の決定過程にも政治的判断

 他方、中国政府当局が打ち出したのは、個人所得税の課税最低限ラインの引き上げによる中・低所得者層向けの減税であった。減税策は次の二本柱からなる。(1)個人所得税納付の最低収入額は現行の月収2000元から3500元に引き上げる、(2)累進課税率も現行の9段階から7段階に簡素化し、最低税率を5%から3%に引き下げる、という内容である(施行は今年9月1日)。

 財政部は、改訂前には3億人いる給与所得者のうち課税対象者が8400万人だったのが、この改訂により2400万人へと大幅に減少し、今年の個人所得税は1600億元の減少となる見通しと述べている。そして当局は、低所得者層に対して減税することで格差拡大に歯止めをかけると同時に、彼らの消費意欲を刺激して、内需拡大につなげようという一石二鳥の政策、と宣伝に努めている。

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