WEDGE REPORT

2011年7月20日

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倉都康行 (くらつ・やすゆき)

RPテック代表取締役、国際金融評論家

1979年東京大学経済学部卒。東京銀行、バンカース・トラストを経て、チェース・マンハッタン銀行。2001年4月に金融シンクタンクのRPテック株式会社を設立。

リーマン・ショックから3年。家計や金融機関の巨額債務は巧妙に国家に移された。我々は異様な「超債務時代」を生き、それがもたらす効用から逃れることができない。各国は財政赤字削減に頭を悩ませるが、増税や歳出削減という根本策を打てる政治家はいない。では、国債暴落は不可避か。答は「否」。国家が金融を「抑圧」すれば債務は削減できてしまう。そうなれば低成長の長期化は必至。憂鬱な「ポスト財政危機」を視野に入れるべき時だ。

なかなか暴落しない国債

 今日の世界経済を表現するのに、低成長時代や新興国時代、或いはドル安時代、ゼロ金利時代、株価低迷時代といった言葉がよく使われるが、国家から家計まで多くの借金に囲まれている状態を視点に置けば「超債務時代」と名付けても良いかもしれない。現代の経済活動はすべて、歴史的に比類の無い高水準の債務によって成立しているからだ。

 例えば、2008年の金融危機とそれに続いた経済危機は、米国の家計や銀行の高いレバレッジ、即ち巨額の債務がもたらしたものと言える。あのリーマン・ショックの惨劇から約3年が経過し、世界経済は漸く落ち着きを取り戻しているが、その債務の残滓は民間から政府に巧妙に移し替えられただけで、「超債務時代」の性格自体は何ら変わっていない。いま話題になっている財政危機とは、実は金融危機や経済危機が姿を変えたものに過ぎないのである。

 債務即ち借金は、別段目新しいものではないし社会悪でもない。債務を裏返せば、企業向け融資や割賦販売、消費者金融など、経済に必要不可欠な「信用供与」である。だが、1980年以降の日米欧における急速な経済発展や、現在の中国主要都市における不動産バブルなどは、その債務の異常な急拡大を抜きには語れない。

 その裏にあるのは、71年のニクソン・ショック以降、各国が自由に通貨量を決めることができるようになった通貨システムである。民間経済は銀行を通じてこの裁量的金融制度を上手く活用し成長してきた。つまり債権・債務の飛躍的な増大である。

 だが借金も行き過ぎれば問題が生じる。80年代には中近東や東欧など途上国で、90年代にはアジアや日本或いはヘッジファンドなどで、そのレバレッジ型成長が挫折した。そして世界最大の経済国である米国でも00年にはITバブルが弾け、続いて起きた住宅バブルの崩壊でリーマン・ショックが発生したのである。

 未曾有の危機に対応するため、世界各国は金融・財政政策をフルに出動させて経済の底割れを防いだが、残ったのは巨額の財政赤字である。様々な政策を通じて、民間のレバレッジ問題が政府と中央銀行のレバレッジ問題に転換されたからである。

 いま世界が注目している財政危機はギリシャなどのユーロ圏であるが、日本や米国も例外ではない。財政再建が進まなければ日米でもいずれ国債暴落が起きる、という警告も目立つようになってきた。最近まで筆者もそう思っていたが、今は異なるシナリオも有り得ると考えるようになっている。但しそれは、決して霧が晴れるような明るい展望ではない。

 一般的に言われる日本の国債暴落シナリオは、次のようなものである。

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