食の安全 常識・非常識

2011年12月28日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ライターに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008受賞。2011年4月、科学的に適切な食情報を収集し提供する消費者団体「Food Communication Compass(略称FOOCOM=フーコム)を設立し、「FOOCOM.NET」を開設した。

 数年前、畜産関係の集まりで聞いた農林水産省の課長の話が忘れられません。獣医師ら畜産をリードする関係者が参加した催し。課長は国内の畜産の現状について報告して最後に、こう言ったのです。「消費者は、国産の方が安全で品質もいいと勘違いしている。勘違いが続いている間に、国内生産者はレベルアップを図らなければ」。

 その場にいただれも、この言葉を「おかしい」とか「問題だ」と感じなかったと思います。もちろん、国産ならではの良さはあります。黒毛和牛のように他国にはない特徴のある食品も存在します。一方で、海外産よりも劣っている産品も、当然あります。国の規制にしても、外国よりも厳しい面もあるし、緩い部分もある。国産食品全体を「国産だから安全、高品質」などと十把一絡げで語ることなどできません。

 そんなことは、農業、畜産のプロにとっては当たり前の話です。そして、劣っている部分は、なんとしても改善したいと思うのがプロの心情。だから、課長の本音を「厳しいことをよくぞ言った」という思いはあっても、責める者などいませんでした。

感情的なTPP反対論と決別するために

 ところが、「国産だから安全、高品質」という勘違いは相変わらず、消費者を中心にあるようで、環太平洋連携協定(TPP)の議論においても、「食品安全の基準が緩和され、日本の食の安全が揺らいでしまうからTPPには反対」という主張が出ています。

 例として挙げられているのは、米国産牛肉の輸入、残留農薬の基準、遺伝子組換えの表示などの緩和の可能性。でも、私から見れば、その問題意識は科学的な根拠を欠いています。「食の安全」の国際交渉は今や、「その主張に科学的根拠があるかどうか」が重要。根拠があってやっと、政治的な駆け引きの舞台に上がれる、というのが実情です。ところが肝心の「科学」の部分が、これらの主張には希薄。国内生産を守りたい関係者が、感覚的な「国産は安全、高品質」という先入観を利用し、市民、消費者を惑わせている、としか思えません。

 国内向けの感情論としての「TPP反対」と決別するためのいくつかの材料を前篇と後篇の2回に分けて、皆さんに提供しましょう。

「生後20カ月齢以下」の科学的根拠を失った日本

BSE 主な経緯
(文末参考資料より編集部作成)
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 米国産牛肉は現在、生後20カ月齢以下の牛に限って輸入が認められています。2011年12月9日の厚生労働省の審議会で条件の緩和が検討され、異論が出なかったことから同省は19日、食品安全委員会に緩和のリスク評価を諮問しました。同委員会で、「問題なし」とする評価が出れば、輸入条件は緩められます。

 全国農業協同組合中央会(JA全中)などがTPPに参加したときの問題点として「米国産牛肉の輸入制限の緩和」を挙げているため、「早くも、米国の圧力か」と受け止めた人もいたようですが、これは話の筋が違います。

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