ヒットメーカーの舞台裏

2012年1月13日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 リッター30キロというガソリン車では国内最高(発売時)の燃費性能を達成した。エンジンとモーターを併用するハイブリッド車(HV)並みであり、一部のHVを上回る。価格もベース車は79万5000円と、軽自動車ならではの経済性を実現した。2011年9月に発売し、同年内の受注目標だった5万台を突破する人気となっている。

 このモデルの原型は、ダイハツが09年秋の東京モーターショーに参考出品した「イース」(e:S=エナジー・セービング)という試作車だ。この時、注目されたのもリッター30キロという燃費の目標値だった。08年秋のリーマン・ショックを機に、消費者が燃費など経済性能をより重視し始めたため、軽自動車トップメーカーとしての「挑戦」をこの試作車に託した。

ダイハツ工業 軽自動車「ミライース」

 それから丸2年。現実の市販車として「ミライース」が送り出された。だが、市販車は試作モデルのイースとは異なる点が多く、性能や仕様、価格などあらゆる面でイースを凌駕した。たとえば、このクルマの最大の訴求点である燃費は、2年前も30キロとしていたが、これは「10・15モード」という従前の測定法による数値だった。

 ミライースの30キロは、今年度から本格採用されている「JC08モード」という、より実走行に近い測定法だ。数値は10・15モードに比べて1割程度低くなり、同じリッター30キロでもJC08の方はその分、ハードルが高くなる。逆に実燃費は良くなるわけだ。

ほぼ完成から一転
安くて使い勝手の良い車を目指して

 開発の指揮を執ったのは、技術本部エグゼクティブチーフエンジニアで理事の上田亨(51歳)。入社後は一貫してシャシー(足回り部品)とブレーキの設計および実験部門に従事し、08年にチーフエンジニアとなって車両全体の製品企画を担うことになった。その第1弾が、原型モデルのイースだった。

 上田によると、09年のモーターショーに出品した時には燃費性能を含め、「イースとしては、ほぼ完成した状態だった」という。あとは2年先の発売に向けてという段階だったが、そこからこのクルマの針路は大きく屈折する。モーターショー会場などでのアンケートを分析すると、燃費性能は評価するが軽自動車は同時に安くて、使い勝手が良くなければならないという要望が多かったのだ。

 イースは燃費性能を高めるための軽量化に力点を置き、軽くて強度のある高価な鋼板を多用するなどでコストがかかっていた。09年は、トヨタ自動車やホンダがHVの新モデルを比較的安い価格で売り出し、HVの普及が本格化した年でもあった。ダイハツ社内では圧倒的な燃費性能だけでなく、価格も相当安くしないと軽自動車の存在意義はかすんでしまうという危機感が高まっていた。

 09年末に経営トップは大きな決断を下した。プロジェクトを一時凍結し、製品企画の練り直しを上田に指示したのだった。「みんなで思わず、『うーっ』という状態だった」(上田)という。11年秋発売というお尻は変わらないまま、再検討が始まった。3カ月余りの激論と検証を経て、上田らは「説得力のあるシナリオ」を構築し、提案した。

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