WEDGE REPORT

2019年6月21日

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阿部教授(中央)。1966年生まれ。東京大学文学部卒。ケンブリッジ大学で博士号取得。現在、東京大学教授。2017年に「史上最悪の英語政策―ウソだらけの『4技能』看板」(ひつじ書房)から発刊。

 2020年度から、大学入試センター試験の後継となる「大学入試共通テスト」に、英語4技能を測る民間業者の資格・検定試験が本格導入される。大学受験に「話す」能力を測る項目も加わり、読む・書く・聞く・話す、の4技能が問われることになる。

 高校3年生と既卒者は、4月から12月の間に「英検」「TOEFL iBT」など計8種類の民間試験の中から受検し、2回まで結果を大学入試センターに提出できる。新たな入試制度のスタートまで事実上10カ月を切ったが、公平性の担保や指導法などの点で課題は山積しているため、民間試験利用の中止を求める声が高まっている。

 6月18日、民間試験導入に反対する大学教授らが、都内で記者会見を開き、希望者全員がトラブルなく受検できるめどが立たず受験生に不安が広がっており、多くの受験生が制度不備の犠牲となると訴えた。趣旨に賛同した約8000筆の署名を添えた嘆願書を一部の衆参議員に提出した。文部科学省の担当者にも要請文を手渡した。

 要請書の中では、受験体制が整っていないことへの懸念、受験会場や経済的負担など受験機会の不平等を訴える項目のほか、複数の民間試験の結果を評価する際に欧州言語共通参照枠(CEFR)が使われることに対する問題点の指摘なども含まれている。

 CEFRと対照させることは科学的裏付けがなく、そもそも国際標準規格でないあくまで目安である概念を受験に使用することは問題だという。要請者代表の羽藤由美・京都工芸繊維大学教授は、「CEFRは最近項目に改定が行われたが、今回の入試改革で対照表として使用されるものは変更ないまま。このような誤用、使われ方をしている時点で、入試制度としてアウトだ」と強く批判した。

 同じく会見に出席した阿部公彦・東京大学大学院人文社会系研究科教授は、「シンプルであるべき試験制度が、民間試験の導入によって分かりにくいものになっている。その説明がないまま、制度改革で英語が話せるようになるというバラ色の説明ばかりされてきた。一方で、塾・教育業界や英会話教室は4技能ができないと大変だと生徒たちの不安をあおった。それらが裏目に出て、今の混乱につながっている」と訴えた。

 東京大学で学生に英米文学を教える傍ら、今回の問題を著書などで厳しく指摘してきた阿部氏。「4技能」を強調する今回の文科省の政策について考えを聞いた。

「入試がマーケットに」

Q 大学入試の英語で民間試験を導入することについて

 大学入試を利権争奪のための「マーケット」に作り替えようとしたのが混乱の原因だ。業者としてはいままでやってきたビジネスを守るためには、この動きに乗り遅れるわけにはいかず、せっせと献金するなどして政治家とも仲良くしなければならなくなった。業者が利益を追求しようとするのはある程度、仕方が無いだろう。しかし、ことは公教育だ。本来、「公」の観点と「私」の利益追求のバランスを見据えなければならない政治家が、むしろ貪欲な利潤追求を煽っているのはおかしい。「英語の4技能の向上」などというのはみせかけの理屈にすぎない。

Q 4技能をバランス良く身につけることが重要だといわれているが

 見かけ倒しもいいところだ。民間試験推進派の主張を聞いても、念仏のように「4技能」とか「バランスよく」などと連呼しているだけで、具体的な方策がみえない。これは盲目的で内容空疎な「4技能教」にすぎない。中高生の勉強時間はかぎられている。そのなかでどう優先順位をつけ、どういう順番で学習を進めるのかこそ考えなければならないのに、4つにわけたテストにしさえすれば、すべてがバランスよく身につくかのように宣伝するのは明らかにミスリーディングで、詐欺同然だ。

 まず「バランス良く」とはどういうことか、答えてほしい。多くの高校生は読めるレベルはそれなりだが、しゃべるのは小学生以下。「均等」を掲げて、すべてを小学生レベルに引きずりおろすのだろうか?伸びやすい部分や、大学教育で必要とされる部分、基礎として大事な部分をまずはしっかり鍛えるべきだ。「均等に」という声も聞こえるが、何を均等にするのか。能力なのか、費やす時間なのか、単に配点なのか、しっかり考えた形跡がない。

 日本語のことを考えればわかるように、たとえ母国語でも読み書き話し聞くといった能力は、均等に身についているわけではない。私たちは自分ではとても書けない高度なものでも、読んで理解することはできる。自分では言葉にできない内容でも、説明をきけばわかる。第2言語の習得でも、当然そうした現実を見据える必要がある。何と言っても一番難しいのは「書くこと」。スタートは「聞くこと」、そして「読むこと」。中高生レベルで4技能を均等に身につけるなどいう発想自体がファンタジーだ。

「なぜ日本人は話せないか」

Q 日本人はどうして英語が話せないのか

 「話せないとビジネスで困る」「英語が母国語でない別の国の人でも話しているではないか」とよく言われる。しかし、日本人がなぜしゃべれないかが十分に考えられていない。ほとんど日本語だけで用が足りる日本のような国は世界でも珍しい。そのために、言語のスイッチを切り替える習慣がなかなか育たない。外国語で話すときに過剰に緊張したり照れたりするのも、日常的に言語を切り替える習慣がないからだ。

 また、そもそも日常生活の中で英語にふれる機会も必要もないのに、学校で週4時間か5時間英語の授業を受けただけで出来るようになるわけがない。6カ月ほど海外に行って英語漬けで暮らすと、突然英語の音が聞き取れるようになると言われる。これは英語のリズムを体が覚えるからだが、漫然と聞いていても効率は悪い。やはり英語の中で暮らし、追い込まれて必要に迫られると、集中力が高まり、学習の能率も格段にあがる。日本で英語の勉強をするときも、要はどれだけ集中して英語と接することができるかが課題。宿題の出し方など、学校の先生の腕の見せ所だ。

Q 日本語と英語ではアクセントの置き方など話し方の違いがある

 決定的に違うのはストレス・アクセントだ。ストレス・アクセントは英語の根幹で、日本語にはない運動法則に基づくと考えるといい。これは日本語話者にとっては基本的には「未体験ゾーン」なので、最終的には体で覚えたいが、入り口はいろいろある。英語に慣れないうちは、どうしても闇雲にぜんぶの音を聞こうとするが、英語はリズムが強くなった部分を中心に聞くとわかるような仕組みになっている。そこに特化した練習をするのもいいだろう。

 その点からして聞くことにはもっと力を注ぎたい。日本人は「話せない」とよく言うが、話せないのではなく、聞き取れてないことが多い。聞き取れてなければ、話そうにも話せない。また聞いたことが耳に残れば、自然と言葉が出てくるようになる。

 また同じく忘れてはならないのが、日本語と英語では音の数が違うということ。英語では日本語話者が「音」と見なさないものも、区別して聞き取らなければならない。話すときも、ふだん使わない音を口にする。そりゃあ、恥ずかしいよ、と思う。日本語話者にとって英語の音声は付き合いにくいもの。だから明治以来、ずっと日本人は「英語がしゃべれない」と言われてきた。ロシア語やスペイン語の方がよっぽど楽だそう。

 それだけハンディキャップがあるのだから、英語の聞き取りや発声は難しいよね、うまくいったらラッキーだよね、くらいの気持で勉強させなければできるものもできなくなる。英語は日本語とは全く違う「種目」だと思ってやるしかない。スピーキングを試験に入れればしゃべれるようになるなどと考えるのは、いかに現状がわかっていないかの証拠。生徒は受験対策だけして、やりすごすだろう。「話す」ことにかかわる能力ほど、モチベーションが必要なものはない。 

 それに「しゃべる」というのはあくまでやり取り。今回の民間英語試験の多くでは、タブレットに向かって音を吹きこむというような方式が採用されるが、1分間で機械に向かって言えるだけのことを言いなさいなどという人工的な試験で、実際のやり取りの練習になると考えているのだろうか。

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