世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年6月28日

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 香港では、3月にキャリー・ラム(林鄭月娥)行政長官が提案した「逃亡犯条例」改正案を巡り、住民の反対運動が高まり、6月9日には100万人規模のデモに至った。これを受け、ラム長官は改正を無期限延期するとしたが、収まらず、16日には200万人規模とされるデモが発生、同長官の辞任を要求した。

(juliaart/claudenakagawa/underworld111/iStock)

 香港当局が提案した「逃亡犯条例」改正案は、中国本土への犯罪容疑者の引き渡しを可能にするものである。これは大きな問題である。1国2制度による香港の特別な地位は2047年まで続くことになっているが、それが実質的に終わるような効果をもたらし得る。香港当局は否定しているが、政治犯とされる者が香港から中国に引き渡される恐れが排除できない。そうなれば、香港における言論の自由に重大な危機となる。2015年には、中国政府を批判する書籍を販売していた香港の書店員が失踪、その中の1人が中国政府により拘束されていたと証言している。香港住民が、「逃亡犯条例」改正案に関して、本件を想起したことは想像に難くない。大きな反対運動が起きているのは当然である。香港の経済界も、経済環境の悪化を恐れ、反対に回った。

 「逃亡犯条例」改正の提案に至った直接的な契機は、台湾で殺人を犯した香港人の容疑者に対し香港には裁判管轄権がない、裁判のために台湾には引き渡すことも引き渡し協定がなくできない、という事態が持ち上がったことによる。こうした問題を処理する方法は、香港の裁判所がこのような犯罪にも管轄権があるように国外犯規定を改正するなど、色々ありうるが、ラム行政長官は、逃亡犯条例を改正し、台湾のみならず中国に対しても犯罪人引渡を可能にするように逃亡犯条例を改正することを提案した。これには、香港の中国化を進めるという意図が感じられる。

 中国当局も、ラム長官による「逃亡犯条例」改正の動きを強く支持していた。例えば、天安門事件についての抗議集会もできないような香港を北京は欲しているのではないかと思われる。そういうことであれば、香港という自由な空間は消えてしまうことになり、これは中国にも香港にも関係国にも大きな現状の変更になる。

 異質な中国が国際協定に違反して香港の特別な地位を侵害する場合には、日本を含む自由主義陣営はそれなりの反発をするのが当然である。本件への対応では、特に米国の強い態度が目を引いた。米上院では、6月13日、「香港人権・民主主義法案」が、超党派で提出された。米国は、「米国・香港政策法」により、香港の1国2制度を前提として、関税やビザの発給などにおける優遇措置をとっている。「香港人権・民主主義法案」は、国務省に対し、香港の自治権の検証を義務付け、それを優遇措置継続の判断材料とするよう求めている。優遇措置は、香港経済、そして、中国経済にとり死活的に重要である。つまり、米議会は、優遇措置の見直しをちらつかせることで、香港の1国2制度の保障を要求したということであり、強いメッセージである。また、トランプ政権は、6月末に開かれるG20サミットで、香港の問題を提起する構えを見せていた。香港当局に実質的に背後から指示を与えているとみられる中国政府は、これを避けるべく、条例改正の延期を指示したものと思われる。

 中国政府がこのまま矛を収めるかどうかが注目点となるが、短期的にはラム長官の首と引き換えに妥協の姿勢を示すかもしれないが、香港の1国2制度を有名無実化する長期的方針には変化がないと見るべきであろう。香港の地位にリスクがあることが今回世界中に改めて知られることなったことで、対香港投資に消極的になる企業も出てくるかもしれない。そうなると、香港の繁栄にも直接的な影響が出てくる可能性もある。 

  
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