チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年1月12日

»著者プロフィール
著者
閉じる

阿古智子 (あこ・ともこ)

東京大学総合文化研究科准教授

1971年、大阪府生まれ。香港大学大学院博士課程修了。在中国日本大使館専門調査員、学習院女子大学准教授、早稲田大学国際教養学部准教授などを経て、2013年から現職。専門は現代中国論。著書に『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告』(新潮社)がある。

 「駅はものすごいことになっているわ。大きな荷物を持った人だらけで、毛布を敷いて寝転んでいる人さえいて、足の踏み場もない。あんな場所、短い時間でもいたくない!」

31億人の大移動
「春運」の切符争奪戦

人々でごった返す駅 (イメージ)

 1月初旬、我が家を助けてくれている23歳の家政婦・インティが顔をゆがめて言った。我が家は夫が北京に単身赴任しているため、インティに洗濯、アイロンがけ、夕食づくりを頼んでいる。私と息子が休暇を利用して北京に滞在している間は、息子が保育園から戻ってきてから世話をしてくれる。インティは「春運」(春節(旧正月)の帰省ラッシュ)でごった返す駅に、甘粛省から訪ねてきていた母の帰路の切符を買いに行ってきたようだ。

 切符の入手難が話題になるのは毎年のことだ。どこの国でも多かれ少なかれ帰省ラッシュはあるだろうが、中国のその規模は尋常ではない。鉄道部の推計によると、今年1月8日から2月26日の40日間に移動する人数は、のべ31億5800人に上るという。中国政府はこの問題を緩和するために、今年は電話予約の範囲を拡大し、インターネットでも購入できるようにした。しかし、インターネットのサイトには普段の数十倍に上るアクセスが殺到し、サービスが一時使えなくなった。また、電話やインターネットを通しての購入が増えた分、駅や販売所の窓口販売分の枚数は減らされ、窓口に何日並んでも購入できない人が続出した。

 インターネットで購入する場合、料金の支払いのためにカード情報などを入力しなければならない。ダフ屋による切符の買占めを防ごうと、今年から「実名制」が取り入れられたため、購入者自身が支払いに使えるクレジットカードなどを所有しなければならない。これでは購入できる人が限られるはずだ。

 温州市で出稼ぎ生活を十数年続けている重慶市出身の37歳の労働者は、切実な声を届けようと鉄道部長に手紙を書いた(『温州都市報』2012年1月4日)。

 「私はテレビであなたを見たことがありますが、私があなたに実際に会う機会は一生ないでしょう。私は今日、これで4度目になりますが、駅にチケットを買いに行きました。運がよければ買えるかなと思いましたが、やはり買えませんでした。窓口の人は毎回私にこう言います。インターネットと電話予約の分ですべてなくなってしまうと。40人あまりの工場の同僚たちは皆コンピューターが使えません。社長が同情してコンピューターで購入しようとしてくれましたが、インターネット銀行の口座などを開設しなければならないなど面倒が多く、できませんでした。江西省出身の同僚が運よく切符を購入したのですが、彼は宝くじに当たったかのように喜んでいました」

「春運」が政治問題化する理由

 中国政府は「春運」の解決を最重要事項の一つととらえている。なせなら、その舵取りがうまくいかなければ国民の不満が集中し、政治問題化しかねないからだ。しかし、ほかの国で帰省ラッシュに対する批判が政府に向けられることはあるだろうか。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る