WEDGE REPORT

2011年5月20日

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地震と津波で徹底的に破壊された被災地のインフラは、震災後1カ月で大きく機能回復した。迅速な復旧を支えた数多くの縁の下の力持ちたち。想定外の危機に対応した各社の現場力。利用者からの信頼を獲得するために一見ムダと思えるほどの労力やコストをかける日本企業の精神性にこそ未来を切り拓く力があるのではないだろうか。

 震災から1カ月が経った4月12日。桜の名所として知られる仙台市太白区の三神峯公園を訪ねた。桜はまだ咲いていないが、公園に入ると山形ナンバーの大型観光バスが止まっていた。人の気配がないバスのフロントガラスには、「中国四国部会中隊第1−2小隊」と、紙が貼られている。自衛隊のような名称であるが、そうではない。バスの乗客は、仙台市の都市ガスを復旧させるために来た広島ガスの社員たちだ。バスはこの日、広島ガス開栓隊の基地になっていた。

 日本ガス協会の広報業務の応援にかけつけた大阪ガス広報部・岡沢圭介課長によると「都市ガス業界には災害が起きると、全国の事業者が、被災地の事業者を助ける絆があります」という。全国の都市ガス事業者で組織されている日本ガス協会は、1968年の十勝沖地震後に『地震・洪水等非常事態における救援措置要綱』を作り、協会会員の相互救援について定めた。

「事前に」準備する対応の早さ

 震災の影響により仙台市ガス局の供給エリアで、31万1144戸が復旧対象となった。都市ガスは、製造工場で熱量調整や臭い付けなどが行われた後、高、中、低と、圧力を下げながらガス管を通じて各家庭に届けられる。

 ガスの復旧は、(1)ガス栓の閉栓、(2)ガス管の修繕、(3)開栓の流れになる。今回は3月13日に日本ガス協会の先遣隊が入り、18日には一部のガス事業者が加わって閉栓作業にあたった。

 一方、製造拠点の港工場がある仙台港が津波の被害を受けた。仙台市ガス局では、新潟からのパイプラインと、LNG船から港工場に運ばれてくる2つをガスの供給源としていたが、そのうち後者の供給が断たれた。

 調査の結果、新潟からのパイプラインに損傷はないことがわかったため、23日にパイプラインから港工場へのガスの受け入れに漕ぎ着けることができた。ガスの供給源が決まれば、あとはガス管の修繕やガス栓の開栓作業となる。日本ガス協会を通じて、全国のガス事業者に向けて復旧対策隊の派遣が要請され、随時全国からの応援部隊が作業に加わった。

 広島ガスでは、派遣要請が来ると即座に「事前に選抜していた社員に通知しました」(営業技術部・木村和重部長)。「事前に」という対応の早さが、この業界の特質した点だ。

 24日にガス管の修繕などを担当する修繕隊42名が出発し、25日には家庭を訪問してガス栓の開栓などを行う開栓隊57名が出発した。修繕隊は重機や修繕用の資機材を積んだトラックを、途中富山での宿泊を挟んで1日半運転し、開栓隊は新幹線とバスを乗り継いで12時間かけて、25日中に99名全員が宿舎のある山形県天童市に到着した。仙台市内中心部は営業を再開していないなど、宿泊施設が足りなかったためだ。

「一軒でも多く」という開栓隊員の思い

 広島ガス隊は、毎朝8時に天童市を出発、1時間半~2時間かけて仙台市内の現場に向かう。

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