中国が中国である限り
真の民主はありえない(前篇)


平野 聡 (ひらの・さとし)  東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

チャイナ・ウォッチャーの視点

めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリストや研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。(画像:Thinkstock)

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中国の現在と過去を覆い尽くす息も詰まらんばかりの社会矛盾。その袋小路にひとしきり風穴を開けるかのように、昨年秋以降広東省で「烏坎(うかん)事件」が起こった。この事件は、近年の中国における「群衆性事件」の中でもひときわ大規模にして持続性があるのみならず、中国の社会矛盾の一つのあり方を最も典型的に示していることから注目を集めている。果たして、この事件は今後の中国を良い方向で変えうるものなのだろうか?

土地の錬金術が横行した烏坎村

 事件の舞台となった広東省の東部沿岸・陸豊市は、かつて貧しさのため華僑を多数送り出してきたという土地柄である。しかし、改革開放が加速した1990年代以後、在外華僑・華人が祖先の故郷に錦を飾るのを兼ねて活発に投資するようになり、労働集約的な工業化が進んだ。工場をつくるには開発区が必要であり、華僑は農村の党幹部に対し安く土地を融通してもらえるよう接近した。そして党幹部も、開発区が成功すれば自らの利権と業績にもつながることから、土地国有制という金科玉条のもと、農地を裁量一つでかき集めて売りつけた。烏坎村も、そのような党官僚による土地の錬金術が横行した村の典型である。

 しかもこの村は、同族結合の社会文化的遺産が根強く残る華南の農村らしく、特定の宗族(同族集団)が村の党支部と村民委員会を約40年来独占し、他の宗族に属する人々を排除してきたのみならず、予め候補者と当選者の数が一致した形式的な官製選挙(中国語で定額選挙と呼び、これを以て「人民民主主義」の体裁を取り繕う)すら実施されなかったという。そこで、村の運営から排除された人々は市・省などに上訴を繰り返し、公正な村落運営を目指したものの、単に成果は得られないばかりか、党支部による土地使用権売却益の独占までもが明るみになり、ついに昨年9月以降止むにやまれぬ行動に打って出た。

度重なる衝突 広東省トップの汪洋が動く

 具体的には、まず昨年9月22日に陸豊市政府が3000~4000人の村民によって包囲され、以来しばしば公安当局との衝突が発生した。さらに12月9日には、陸豊市を管轄する汕尾(さんび)市政府が「大陸外の勢力やメディアに唆された勢力が、小さな村の問題を無限に拡大した」という陰謀論的な判断を下し、既存の村党委員会を擁護した。これに激高した人々と当局の対立は頂点に達し、当局は異議申し立て側の代表である薛錦波氏を拘束、薛氏は2日後に拷問で死亡したのみならず、人々は遺体の返還と問題の徹底解決を求め、村の中心にあたる天后宮(媽祖廟)前の広場で連日集会を繰り返した。日本のメディアやネット上に掲載された写真画像には「独裁反対」「民主選挙を我に」「中央は烏坎を救え」「腐敗官僚は無道」「天理は何処にあらんや」などというスローガンが氾濫し、あたかも解放区さながらの観を呈したのである。

 事がここに至り、改革派として知られる汪洋・中国共産党広東省委員会書記が動いた。住民の過激な運動について一律に不問として、各宗族の代表からなる「烏坎村代表臨時理事会」の正統性を認めたのである。それを受けて今年1月には新たに烏坎村党総支部が設立されたほか、先日村民代表選挙が開催されて新たな村民委員会が組織された。こうして、長らく専横を尽くした旧党支部・村民委員会は解散し、烏坎の人々は一応勝利した。

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著者

平野 聡(ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

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