中国はいま某国で

2012年3月5日

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谷口智彦 (たにぐち・ともひこ)

慶應義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授

明治大学国際日本学部客員教授。2008年7月まで3年間外務省で外務副報道官。元日経ビジネス記者、編集委員、ロンドン外国プレス協会会長。著書に『同盟が消える日』(編訳、ウェッジ)など。(2013年1月末日現在)

 中国内陸部の大都市重慶と、欧州連合(EU)加盟国の1つリトアニアが、このほど鉄道で直結した。

船で40日かかるところが列車で13日に

 ディーゼル貨物列車が走った距離はおよそ1万1000キロ。これを正味13日で結んだ。時速35キロ以上は出した計算になる。中国から欧州へは、船で約40日かかる。時短効果は3倍以上だ。港に遠い中国内陸部の産業にとってはとりわけ朗報に違いない。

 初のチャーター便としてコンピュータ関連製品を積んだ41個のコンテナを載せ2011年10月28日に重慶を出た貨物列車「Saule」号は、カザフスタンからロシア、ベラルーシを経て11月10日にリトアニア入りし、国境の町ケナの駅で盛大な歓迎を受けた。

 リトアニア語で「陽光」という名をもらった列車を運営するのは、同国の運送会社だ。歓迎式典には同国の運輸大臣と、カザフスタン、中国の大使が参加した。中国とリトアニアを結ぶ長大なシャトル輸送計画を推進するに際し、リトアニアが強く働きかけたのがこれら2国だったからだ。

 「陽光号」は、その先ポーランド、ドイツ経由でベルギーのアントワープへ向かった。EU内だから関税の心配はない。グローバリゼーションという言葉は、これまで通信と、とりわけ海運を連想させた。これからを切り開くのは陸運でもあるかと思わせる。

 この話、実のところ「中国」でなく「リトアニア」を主語として語るべきもので、そこには国家の隆運を物流に託す同国長年の戦略があった。

 リトアニアは、外洋への道が欲しいカザフスタンを話に乗らせた。カザフスタン、ロシア、ベラルーシの3国には関税撤廃協定がある。それが国境通過に要する時間を大幅に縮め、鉄道貨物の競争力を増した事情もあった。

 諸々解説し始めると「中国の」話でなくなるからこの辺にしておくけれど、思い出したい点が3つある。

 その第一は、リトアニアが計画を推進するに際し便利に使ったのが、隔年に開いてアジアと欧州の首脳を一堂に会させるASEM(アジア欧州会合)の場だったということだ。

 ASEMに新設された交通大臣会合で発足以来2度議長を務めたリトアニアには、中国の物流を自国へ導入しようとの思惑が元々あったと思われる。

 1996年にASEMが始まった頃、中国が日本を経済規模で抜くと占った人はまずいなかった。ユーラシア大陸が鉄道で一気通貫するなど、楽しい夢想の域に属す話だった。

 ASEMとは何より日本・東南アジアと欧州をつなぐもの、途中に長い洋上航路が挟まる迂遠な枠組みだったが、今や日本は辺境に回り、海でなく、陸の結合になりかねない勢いだ。隔世の感をこれほど催させる話もない。

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