チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年4月16日

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富坂 聰 (とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

 大山鳴動してネズミ一匹というべきか、とんだ空騒ぎというべきか――。

 ネタ枯れのメディア界を数週間ほど潤わしてきた北朝鮮による「“人工衛星と称する”ミサイル発射」がついに4月13日の午前7時39分、予告通りに行われた。

 結果、打ち上げは北朝鮮自身が朝鮮中央テレビで認めた通り「失敗」だった。北朝鮮の“脅威”を強調してきた日本のメディアにとって、これは少々肩すかしだったようだが、当日の新聞には例によって早くもミサイル発射情報をめぐる官邸の迷走――発表が発射から40分以上遅れたことや米軍の情報を1回否定していることなど――に焦点を移し始め、「危機管理がなっていない」と攻撃する論調が目立ち始めていた。

ミサイル配備は国内向けの「パフォーマンス」

 しかし、「危機管理」とメディアが声高に叫ぶ一方、実際に日々の生活を送るなかで本当に具体的な“危機”を覚えた日本人がはたしてどのくらいいたのだろうか。

 仮に米国が「テポドン2」と呼ぶミサイルが、北朝鮮の予告通り沖縄上空を飛んだとして、それがどのような脅威だったのか。また、もっと長期的な視点から北朝鮮のミサイル実験が成功里に終わったとして、それが今後、日本にとっていかなる脅威となったのか。それを明確にイメージできた日本人が果たしてどのくらいいたのだろうか。

 日本は、いわゆる「“人工衛星と称する”ミサイル発射」が予定の軌道を逸れて、破片などの落下物が領土内に降ってくることに備えて、東シナ海と日本海に海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載したイージス艦と首都圏と沖縄県に地対空誘導弾パトリオットミサイルPAC3を待機させていた。だが、これ自体も大きな茶番であったと言わざるを得ない。

 まず、世界中の非難が集中するなか「あくまで宇宙空間の平和利用」と言い張って発射を強行した北朝鮮が、さらに攻撃の口実となるような落下物を他国領土上に降らすことが考えにくかったことだ。少しでも軌道を外れた瞬間に自爆を試みたはずだからだ。

 さらに迎え撃つ日本の側にも、そんな意志が本当にあったかといえば極めて疑わしいのである。

日本へ向いた中国の警戒

 弾道計算が可能なミサイルを撃ち落とすというのであればまだしも、落下物に当てる能力などSM3にもPAC3にもあろうはずもない。しかも、PAC3が配備された沖縄からは北朝鮮が通告してきた軌道まで300キロも離れていて、そもそも射程20キロのパトリオットミサイルが届く距離ではないのである。さらに落ちてくる金属片に対して一発数億円のミサイルを撃ち込むというコストパフォーマンスを考えれば、なおさら実現性の低い話だったことが理解できるだろう。

 つまりミサイル配備は完全に国内向けのパフォーマンスに過ぎなかったのだが、その反面、対外的な影響力は日本人が考える以上に大きかったようなのだ。

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