佐藤忠男の映画人国記

2012年6月8日

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 私は地方の育ちなので、なんとなく自分は感覚的にも野暮ったい人間だという思い込みがある。スマートな洗練された人間は東京で育つのだと思い込んでいたものだ。もちろんこれは素朴な偏見にすぎないが、中央区の生まれで文京区に育った生粋の東京人である今村昌平(1926~2006年)などは逆に、小学生のときに担任の先生から、君たちのような都会育ちは田舎育ちの努力家にきっと負けると言われつづけたものだったそうである。どうやらそのせいで、映画監督になってからの彼は、スマートで洗練された都会人などには目もくれず、もっぱら田舎者か、都会でも田舎から出てきて地を這うような生き方をしている人間ばかり描いて世界に知られる巨匠になった。なにしろ代表作は山村を描いた「楢山節考」(1983年)や沖縄の離島のオールロケの「神々の深き欲望」(1968年)なのだ。

『Shall we ダンス?』
¥4,700(税込¥4,935)  発売中  角川書店
©1995 角川映画 日本テレビ 博報堂 日販

 でもやっぱり、私の先入観どおり、東京育ちで都会人らしいスマートな映画を作る監督もいる。たとえば「Shall we ダンス?」(1996年)の周防正行。都会的風俗映画の極上のものだ。北区滝野川出身の実相寺昭雄(1937~2006年)は別に都会的な映画を主に作ったわけではないが、鎌倉時代の貴族たちの愛欲を描いた「あさき夢みし」(1974年)など、感覚的な洗練でずばぬけている。洗練がもっぱら機知の方に向かったのが渋谷の道玄坂の繁華街育ちである森田芳光(1950~2011年)。出来不出来の差がかなりあるが「家族ゲーム」(1983年)はウイットの豊かさでずばぬけている。

 足立区出身の北野武は、いかにも大都会の下町らしいみんなが奔放にふるまえる家庭に育ち、大学の理工系をとび出し、浅草の劇場でお笑いの芸を身につける。そんな経験から無茶苦茶アナーキーで独特のニヒリズムの匂いの漂う映画の作り手になった。これもまた東京の特産と言えるだろう。伝統的に卑屈なポーズをすることが当然とされた道化役に傲慢とも言える自負心の支えを加えたことが新しいお笑いの革新になった。

 大都市にはまた、ひとりで勝手なことをやり続けるスポットをつくる余地がある。鉄でできた人間のファンタジーである「鉄男」(1989年)をはじめ、全く独自な映像世界を一部のマニアの熱心な支持の下で作りつづけて一家をなした塚本晋也は渋谷区の出身。若い頃はそれは子どものいたずらのように見えたが、近作の「KOTOKO」(2012年)などは先端的な人間探求のおもむきが生じている。

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