WEDGE REPORT

2012年7月20日

ストライキ、従業員との意思疎通、
文化への理解、停電……
既出企業の経験から分かること

 「日本語を喋ることができる人のなかでは、ガイドの仕事を選ぶケースが増えてきました」

 ある日本企業のヤンゴン事務所で働く女性が教えてくれた。会社で働くよりも、ガイドの方が収入は良いという。日本企業がミャンマーに殺到している影響だ。なかでも「ほぼ100%、ミンガラドン工業団地とティラワの経済特別区予定地は訪れます」と、現地のガイドさんが教えてくれた。

 過熱する一方のミャンマー詣でだが、「企業が投資を行うには、まだ課題の多い国である」との声も多い」。ミャンマーに限らず、海外に出れば事業が上手くいくというほど甘いものではない。「実態はどうなのか?」、ミャンマーに進出している企業の元を訪ねた。

ストライキの嵐に見舞われる

マツオカコーポレーションの女性従業員

 1998年に開設されたミンガラドン工業団地は、ヤンゴン市のダウンタウンから自動車で50分の場所にある。テナントは食品製造、電気電子部品製造などもあるが、最も多いのは縫製業だ。ここに縫製工場を持つマツオカコーポレーション(広島県福山市)。売上高約280億円(2012年3月期)のうち約112億円が海外。90年に中国に進出したのを皮切りに、02年にミャンマー、04年にはバングラデシュに進出した。現在では中国に7工場、ミャンマーとバングラに2工場ずつあり、国内工場は99年に閉鎖した。

 海外進出の背景について松岡典之社長はこう説明する。「当時、縫製業は日本国内では斜陽産業となり、人の確保が難しくなっていた」。一方で、中国では花形産業として捉えられていた。しかし、急速に発展する中国も「すぐに賃金などコストが上昇することが予想されたため、新天地を探す必要が出てきた」(松岡氏)。そこで選んだのがミャンマーだった。ミャンマーを選んだ理由の一つに「韓国勢が地ならししてくれていたこと」(同)がある。韓国は92年まで“世界の工場”中国と国交がなかった影響もあり、いち早くミャンマーやバングラに進出していた。

 現在ミャンマーでは、2工場で2000人の従業員を抱えている。生地などの原材料を持ち込み、加工して衣料として持ち出すCMP(Cutting Making and Packing)という形態で事業を行っている。主な製品は、スラックスパンツ、カジュアル、作業着など。

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