統計学の考え方は、混沌とした複雑社会を読み解く強力な武器になる。身近なところでは、迷惑メール(スパム)の撃退に、主観的な確率を駆使したベイズ統計学が活用されている。送られたメール文の中に「交際」「援助」「恋愛」などのキーワードがどれくらい含まれるかを数え、スパムかどうかの確率をはじき出すのである。こうした過去のデータをもとに、将来を科学的に予測する統計学の手法は、今やビジネスの世界では不可欠な道具でもある。
新たなデータ野球「セイバーメトリクス」
スポーツの世界も例外ではない。その端的な例が、野球である。戦略、選手の潜在能力査定、活躍の予測などに広く統計学の手法が応用され始めている。「セイバーメトリクス」というデータ分析法である。
データを駆使した科学的な野球と言えば、野村克也前楽天監督がヤクルト時代に導入したID野球が有名だが、セイバーメトリクスは、これをはるかに上回る興味深い視点を提供してくれる。
セイバーメトリクスは、膨大なデータを駆使して、選手の評価、戦略を考える分析法で、野球ファンだった米国の退役軍人のビル・ジェームズ氏が1977年に提唱した。この手法に基づき、多くの研究者、愛好家が集まったアメリカ野球学会(Society for American Baseball Research)の略称SABRに、計量学、測定学を意味するmetricsを合わせたSabermeticsが名前の由来だ。これまでにない新たな基準で、選手を総合評価する。
セイバーメトリクスが日本で注目されたのは、ベストセラーにもなり、映画化された「マネーボール」(マイケル・ルイス著)。セイバーメトリクスを駆使して、チーム編成に乗り出したオークランド・アスレチックスのゼネラル・マネージャー(GM)、ビリー・ビーンの物語である。1997年に就任したビーンは、従来の打率、打点、防御率のほかに、OPS(長打率+出塁率=打者の勝利への貢献度を示す)、WHIP(1イニング当たりに安打、四死球などで許したランナー数=投手の勝利への貢献度を示す)など全く新しいセイバーメトリクスの指標を用いて選手を評価し、年俸が安くて、指標が高い選手を獲得した。その結果、毎年のようにプレーオフに進出し、2002年にはニューヨーク・ヤンキースの3分の1の選手年棒総額で、大リーグ全球団一の勝率を残した。セイバーメトリクスが一躍注目を集めることになった。
菅野と杉内を「科学」する
このセイバーメトリクスを駆使すると、プロ野球選手の興味深い側面が浮かび上がる。例えば、新人投手として、活躍がめざましい読売巨人軍の菅野智之投手のすごさがわかるのである。
プロ野球の全試合を分析するフェアプレイ・データ社の数字を使いながら4月の分析と、その後の結果を比較しながら解説しよう。比べる相手は、4月に3勝無敗と、最高の滑りだしで月間MVPに輝いた杉内俊哉投手(読売巨人軍)。