体育祭練習中の事故で車いす生活に
「出来ることがいっぱいあるのに、
愚痴をこぼしちゃいけない」

ウィルチェアーラグビー 各務珠実さん(和光大学4年・「横濱義塾」所属)


大元よしき (たいげん・よしき)  ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

世界最高峰の障害者スポーツ大会『パラリンピック』を目指すアスリートたちの「乗り越えてきた壁」に焦点を当て、スポーツの価値や意義を問うと共に障害者アスリートを取り巻く環境について取材していく。

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「えっ、試合の成績ですか? そんな~。昔から運動は得意じゃなくて、試合に出ても勝ったおぼえがありません(笑)。負けて当たり前だと思っていました。柔道も頑張っていなかったし、卓球も一生懸命練習したことがありません。運動はただのノリで、負けても「またか~」でおわり。柔道は6年生までやりましたけど一向に強くならなかった。球技はヘタクソ。でもドッジボールは大好きで、チョコマカしてよけるのが得意でした。あっはは!」

 本企画はそれぞれのアスリートに「越えてきた壁」を聞くというのがテーマだけに、毎回真剣でインタビューも重くなりがちだが、今回は少々勝手が違った。

 また、昨年のウィルチェアーラグビー日本選手権大会で見かけた“タマちゃん”に清楚で凛とした女性アスリートのイメージを持っていたが、それもインタビューが始まって5分もしないうちに、「錯覚」だったことに気づかされた。

 今回の取材は緑豊かな和光大学のキャンパス内で行われた。

熱くなれる学校の行事ごとは大好き

 ウィルチェアーラグビープレーヤー 各務珠実(かがみ たまみ)。1990年、静岡県磐田市に生まれる。

大学の教室でインタビューにこたえる各務さん

 海のすぐ近くに生まれたが、遊泳禁止区域のために泳いだことがない。いつも外で遊んでいたが運動は苦手だった。得意なものは習字とピアノ、それに虫取りだ。自分の意志には関係なく、小学2年生から柔道場に通った。

 「兄と弟が柔道を始めるので、私も見に行ったら、流れでやることになってしまって……」

 この頃のエピソードといえば、冒頭にある「試合に出ても勝ったおぼえがなく……」「負けて当たり前だと思っていた」勝ち負けにはこだわらず「運動はただのノリ」だけで楽しんでいたことだろう。

 しかし冷めた子ではなかった。熱くなれる学校の行事ごとは大好きで、勝っても負けても号泣していた。

 また柔道では負けて当たり前だと思っていた頃、学級委員の選出では「は~い、私がやりま~す」と毎年やる気満々に手を挙げていた。

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「障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた」

著者

大元よしき(たいげん・よしき)

ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

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