EUでの温室効果ガスの削減目標の強化と原子力、再エネ設備の導入は、排出枠の割り当て数量に影響を与えます。加えて、欧州委員会はEU-ETSと呼ばれる排出権市場の制度の見直しを続け、フェーズが変わるたびに制度を大きく変えています。現在は2021年から30年の第4フェーズにあります。
CO2の排出目標が脱炭素実現に向け強化され厳しくなることから、これから価格が上がると思われがちですが、価格は需給の関係で決まります。何かの事情で供給が増える、あるいは需要が減少すれば価格は下がります。
排出権価格に影響を与えるファクターが多くあり、将来の価格を予見することは不可能です。
CO2排出権取引の実態
現在CO2の取引は、北米、中国などでも行われています。日本でも今年4月からGXリーグの試行事業が開始されますが、歴史が古く、群を抜いて取引が大きいのはEU諸国にノルウェーなども参加するEU-ETSです。
EU-ETSでは、電力、鉄鋼など1万を超えるエネルギー多消費型産業の事業所がEUアローワンス(EUA)と呼ばれる排出枠の割り当てを受けています。EUを発着する航空機も12年に対象として加えられました。
割り当てを受けている事業者は、排出実績に合わせたEUAを提出する必要があります。割り当てより多く排出した事業者は、EUAを購入する必要がありますが、EUAを余した事業者は売却することが可能です。
制度開始時はCO2だけが対象でしたが、現在は石油化学産業などの一酸化二窒素(N2O)とパーフルオロカーボン類(PFCs)も対象になっています。21年のEU-ETS参加者の排出量はEU全体の排出量の38%相当で、事業所のキャップはCO2換算15億7200万トン、航空業界のキャップは2830万トンでした。
EU全体の排出目標は、1990年比2030年に温室効果ガスを55%以上削減することですが、この目標に整合する上限値、EU-ETSのキャップが毎年設定されます。現在のEU-ETSの目標は05年比、30年に62%削減ですが、全体のキャップは今年から27年までは毎年4.3%ずつ、28年から30年までに4.4%ずつ削減され、目標に達します。
当初は無償でEUAが割り当てられていましたが、電力業界は有償割り当てに変わりました。また、他の産業でも有償割り当ての比率が増えています。電力業界のEUA購入への支払いは電気料金に転嫁されていますが、国によっては補助制度もあります。
排出権取引対象の企業は、排出量に合わせ排出枠の不足分、あるいは余剰分を市場で売り買いするか、あるいは仲介を行うブローカーに依頼し取引をします。オークションでの購入も可能です。
割り当てを受けない個人が排出権を必要とすることはありませんが、ブローカーを通した売り買いは可能です。排出権価格に予見性がないことから、投機的な取引になります。
05年の取引開始直後、排出権価格はCO2 1トン当たり30ユーロに達しましたが、翌年4月末に排出権が余っている結果が発表されると一挙に10ユーロ台に落ち込み、07年には1ドルを割るまで低迷しました。
08年から第2フェーズが始まると、排出権価格は少し持ち直し20ユーロになることもありましたが、13年からの第3フェーズになっても数ユーロで低迷したままでした。
欧州委員会は需給環境改善のための制度導入を15年に決定し19年から運用を始めました。この制度により排出権価格は20ユーロを回復し、その後少し上昇しました。
22年のエネルギー危機により化石燃料価格が上昇すると、排出権価格も大きく上がりました。天然ガスを代替した石炭の消費によるCO2排出量の増加があったからですが、昨年2月に105.73ユーロの最高値を付けた後は下落し、現在は60ユーロ程度です。
ドイツに見られるように欧州での経済の低迷により、生産とエネルギー消費は伸びていません。つまり、CO2の排出量も増えていないことが、価格下落の原因だと思います。価格の先行きの予想は難しいです。
排出枠の割り当てを持たない、実需がない立場で排出権を購入するのはリスクが極めて大きいと言えます。