オトナの教養 週末の一冊

2014年8月29日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 夏の楽しみにと、心ひそかに「とっておいた」のが、チャールズ・ダーウィンの『ビーグル号航海記』である。

 いうまでもなく、ダーウィンは自然淘汰による進化論を提唱したイギリスの大博物学者。その着想と確信の基礎になったのが、イギリス海軍の測量観測船「ビーグル号」で南半球をつぶさに見てまわった観察体験であった。1831年から1836年にかけ無給の博物学者として船に乗りこみ、寄港先では各地を歩いて探検もした。

多くの出版社が「恐れをなした」ボリューム

 いまから5年前の2009年はダーウィンの生誕200周年、さらに主著の『種の起原』発表150周年にあたるということで、世界各国で改めてダーウィンに光が当てられた。故国イギリスはもちろん、日本でも展示会や講演会などの記念行事が盛り上がった。

 私も、ひと足早く08年に国立科学博物館で開かれた「ダーウィン展」で、ビーグル号の模型や航海日誌、進化論の着想のもとになったガラパゴス諸島の生物の剥製などを、この目で見る機会を得た。

『新訳 ビーグル号航海記 上』(チャールズ・R.ダーウィン 著、荒俣宏 翻訳、平凡社)

 その際、ダーウィンの思索の足跡を航海記から直に感じとりたい、と強く思った。原書に手が届かぬうち、荒俣宏さんの手になる新訳が刊行され、飛び上がって喜んだ。

 ずっしりと分厚い上下巻であることからわかるように、『ビーグル号航海記』はすこぶる大作であったがために、のちに出た『種の起原』に比べ、翻訳はどこの国でも遅れた、と荒俣さんが「あとがき」で述べておられる。

 初版の刊行は1839年。日本の江戸後期、天保9~10年にあたる。それからほぼ百年後の1938(昭和13)年に、日本語の完訳が刊行された。この翻訳者である内山賢次さんも、荒俣さん自身も、(ついでに私も)、翻訳が「いかにも遅い」と感じていたわけだが、背景には、「膨大な分量のせいで出版の引き受け手を見いだせなかった、という事情」があったらしい。

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