東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2009年6月25日

監督の結婚から始まったストーリー

笑みを浮かべて話す 浜野保樹教授

浜野 細田監督は1999年と2000年に劇場版「デジモンアドベンチャー」って映画を作って、子供たちの圧倒的支持を受けたけれど、あれは友情がテーマ。「時かけ(時をかける少女)」で、今度は胸がしめつけられるみたいな、高校生の初恋になった。
そして今度、大家族のお話。もしかして「時かけ」から後、細田さんの人生に変化があったそのことが関係してるのかな、と。つまり結婚したっていう…。言いにくいですか?

 

家族について語る  細田守監督

細田 いえいえ。(38歳になっていたけど)結婚ってまさに初体験で…。
ドラマや映画で結婚が描かれることは多いですけど、それがどんなものかはまるでわかっていなかったんです。実際に結婚してみると、全く想像していなかったことだとか、映画などではピンと来にくいところとか、初めてのことだらけで。結婚というのはこんなに人生を変えるもので、世界観を変えることなのかってよくよく納得しました。

司会 「世界観」ですか。具体的に言いますと?


細田 頭ではわかっていたことかもしれませんが、自分の家族がいきなり倍に増える、ある日付をもって。それまで何の関わりもなかったたくさんの人が、自分の家族になる。そのことの、なんていうか不思議な実感がそれは大変強いものでした。 

司会 核家族しかいない日本に、映画の中のあの大家族は珍しい存在です。それを愛惜したい、守るべきだというような、理屈というか問題意識が先にあったのかなと想像しておりました。「日本は、やっぱり家族あっての日本でなきゃいけない」と申しますか。実はそうじゃなくて、ご自身の体験だったのでしょうか。

8月のプロポーズと、妻の実家で起きたできごと

細田 本当に、実体験、実感です。「時をかける少女」の公開が(2006年)7月でした。それまでずっと付き合っていた彼女と「結婚したい」と、少し落ち着いたときに言いまして。
で、言いますと、じゃあ即、実家に挨拶に行かなくては、と。そうして彼女の実家に行くんです。初めて会う人たちのところに。

司会 そのご実家っていうのは…

細田 長野県上田市というところの…

浜野 ナーンだ(笑。――映画の舞台も長野県上田市)。

細田 ええ。映画の中と同じ、本当に季節も夏、8月1日にプロポーズしたので。

司会 なんとおっしゃって?

細田 えーとですね。「結婚、したいんですけど」。…「あなたと結婚したいんですけど」って言いました。
そのあと、8月の7日か8日、2人でクルマを走らせて上田市の実家へご挨拶に。でもこういうときの挨拶って、何をどうやったらいいかわからない。ちょうど半年くらい前、結婚することになって相手の実家――愛媛県だったか――に挨拶に行った7歳年下の従弟がいたから、どうすればいいんだって聞きました。

司会 「コツ」があるんですか?

細田 ええ。まず座布団に座っていたとしたら、その座布団から下りるんだ、と。それが口上を切り出す切っ掛けだからと教えてくれましたが、座敷でなくてテーブルと椅子だったらどうするんだって聞いても、「そんときのことはわからない」って言うんです。
作品仕上げて、ひとりの個人に戻ったばかりでしたし、そこにこんなことが立て続けに続いて、それが常に新鮮な体験の連続でした。結婚式は、ウチの嫁というか、彼女…、奥さん…、も派手好みじゃないから、身内だけで年末に食事会みたいな、「地味婚」をやりました。

大家族との突然の出会い。すべてが面白い

細田 で、年が明けて2月です。ある日上田市の、義理の父から電話で、「ちょっとご飯を食べに来ませんか」というお誘いで、それじゃあと2人して行ったんです。
行くと、「ホテルでご飯を食べましょう」ってことで。「あ、いいですね」って行きましたら、ホテルにつくなり今度は「食事の前に着替えをしましょう」、と。ラフな格好で行ったんですけど、あれ何ていうんですか、黒い…

浜野 礼装。

細田 ええ、そんな感じの服を着て。そしたら「写真撮りましょう」、と。
その頃になるとすごくたくさんの親戚の人たちが現れていて、みんなで写真に収まったり。「これ、『ご飯』じゃない。結婚式の披露宴だ」ってやっと気づいた。
彼女の両親やお爺ちゃん、お婆ちゃんだけじゃなくて、一族郎党の人たちと突然お会いすることになりました、心の用意がないままに。「この人、学校で先生やってるんだよ」なんて紹介されるのですが…

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