対談相手=浜野保樹(東京大学大学院教授)
司会・構成=谷口智彦(明治大学国際日本学部客員教授)
――細田守監督の前作「時をかける少女」(2006年)は、舞台が東京。夏休み前、眩しくも青い空に入道雲がぐんぐんと伸び、セミの鳴き声がやまない、いつもの暑い1日を、少女はどうしても失いたくない。手に入れた時間遡行の能力を使い尽くしてでも、そのかけがえのない1日を大切に、何度でも生き直したいと願う。
なぜだろう――。ただふざけ合っているだけだったはずの男の子が漕ぐ自転車の、後ろの荷台の上。都会を流れる川の、土手を走っている。1日がまたもや終わろうとして、空は一面の茜色に変わった。自転車の2人の、横顔も染めあげる。
その時だ、少女ははっきりと、自分をとらえてはなさないものの正体に気づく。過ぎてしまう1日とその記憶、忘れてしまうに違いない景色と、感情。それをどうして、こんなにも愛おしく思ってしまうのか。
それが激しい恋の感情だということに、観客は突然気づかされる。劇中の少女と、まったく同じ瞬間に思い至る。次いで感動が、うねりのようにこみあげる。
大人になる手前、自分という生き物の変貌に戸惑うある年齢にいると、この日、この瞬間は、絶対に帰ってこないことを直覚する。恋をしたら、それがある一瞬で痛烈にわかる。
そんな普遍の真理と、そして心理を、徹底的に描き込まれた東京の街並みを背景に鮮烈な映像美として見せた前作は、国内はもちろん、外国でもたくさんの賞で迎えられた。
――それから3年、細田監督はヴァーチャル空間と緑したたる夏の里山の両方を舞台に、ある古い一家が家族総出で地球の危機を救う作品を完成させた。
それが新作、今夏公開「サマーウォーズ」。
思春期の溌剌サワヤカなまだ自分の美を知らない少女と、ひょんなことから共犯関係に引き入れられ、やがて戦友になる1歳年下で数学マニアの少年と。恋の予感を育てる2人の高校生を主人公に、くっきり個性を描き分けられた大家族の1人ひとりが信じられない力を絞り出し、迫り来る破局を土壇場でくいとめる物語だ。
――リアル空間をそのまま映して成立するヴァーチャルな世界に、ある邪悪な意思が立ち昇る。それは電脳ネットワークを意のまま操り、現実世界を危機に陥れる。立ち向かう少女が手にした「最終兵器」とは何か。
ヴァーチャル・リアリティとリアル・リアリティとを目まぐるしく往還する映像は、微細なうえにも微細に描きこまれた美と意匠の工夫に満ち満ちて、2時間を猛スピードで疾走する。
そんな新作を巡る対談は、「なぜ今、大家族の物語なのか」から始まった。
細田監督に鋭い突っ込みを入れる相手は、WEDGE Infinity寄稿家で東大教授の浜野保樹氏。教授が若い日、時間を共にする機会を持った巨匠・黒澤明監督と、細田氏にはひとつの共通点があると指摘する。
なんと、新作のプロットは、監督の身辺に起きたある重大な変化をそのまま写した「私小説」だったことがすぐさま暴かれた。それから日本アニメの文法と作風が身にまとう、深い伝統の刻印も――。
これを読み、「サマーウォーズ」を見たら、きっとアニメ映画にはまってみたくなること請け合い。日本を、もっと考える――。そうさせてくれるのは、日本が世界に誇るアニメーション映画だ。
司会 完成一歩手前、ラッシュ版というのを見させてもらいました。今回も細部の描き込み方がすごいですね。まだデッサンのまま残っているところもありました。
細田 ええそうなんです。
司会 浜野さんもご覧になって、ご感想はいかがでした? ネタがバレない範囲で。