トランプ関税と闘う担当相の赤沢亮正が懐に忍ばせていたのが齋藤ジン著『世界秩序が変わるとき』(文春新書)だった。米在住の金融コンサルタントで、ベッセント米財務長官とも親しい関係にある齋藤が説くのは、世界大恐慌から始まる「大きな政府」の時代が、東西冷戦の終結とともに「新自由主義」の時代に替わり、そして今、世界は再び「大きな政府」の時代へと戻りつつある。そのゲームチェンジを主導するのがトランプ米大統領であり、日本はその波に乗り遅れるな、そう主張する。
今回の主役は先の大転換、世界恐慌にあえぐ日本経済の立て直しを託された男、都合7回にわたり蔵相の座についた高橋是清である。1936(昭和11)年2月、高橋は軍部の凶弾に倒れる。世にいう二・二六事件で、日本が破滅への道をひた走る契機となった政治テロだった。
映画やドラマにもよく取り上げられる高橋だが、描かれるのは、藩命で米国に留学したはずが奴隷労働者として売られていたエピソードや、日露戦争に際し、金融の都ロンドンに乗り込んで戦費調達に八面六臂の活躍をする雄姿が多い。だが、彼の人生を輝かせるのは難局に際しての金融財政の舵取りであろう。
第一次大戦後の不況に関東大震災が重なり、昭和が明けてすぐの日本は極度の金融不安に見舞われる。田中義一内閣で3度目の蔵相についた高橋は、モラトリアムを実施するとともに、円を大量に刷って銀行に積みあげ、取り付け騒ぎを鎮静化させる。だが、2年後の29(昭和4)年、米国に端を発した世界金融恐慌により、日本経済も大きな打撃を蒙ることになった。高橋は4たび蔵相に就任すると、金の輸出を再び禁止し、大量の国債を日銀に引き受けさせて積極的な財政出動を実行する。これによって、日本は世界に先駆けてデフレの脱出に成功したのだった。
しかし、この政策はあくまでカンフル剤、長期にわたる財政出動はインフレと背中合わせである。当初の目的を達した高橋が財政の健全化に軸足を移すや、軍備増強を主張する軍との軋轢が徐々に高まってゆく。
時を同じくし、企業倒産によって失業者が都市にあふれた。農村もまた貧窮にあえぎ、社会不安が急速に高まっていった。天皇中心の軍事政権を樹立し、戦争による事態の打開を叫ぶ国家主義者や青年将校たち、狂信者の手になる政治テロの季節がもうそこまで迫っていた。

