薬物、アルコール、高カロリー食、ギャンブル……
「快感」と「依存」のしくみを探る

『快感回路』


東嶋和子 (とうじま・わこ)  科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

オトナの教養 週末の一冊

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歌手のASKA氏の覚醒剤事件や危険ドラッグの横行をみるにつけ、「なぜ手を出したのか?」「なぜやめられないのか?」と、蚊帳の外の人間は疑問に思う。

 社会的な、あるいは文化的な説明はもちろん重要だが、それはいったん脇に置き、「もっと根本的な、文化の差異を超えた生物学的な解明」を試みたのが、本書である。

快感をめぐる神経生物学分野のめざましい進展

 著者のデイヴィッド・J・リンデン氏は、ジョンズ・ホプキンス大学医学部教授を務める神経科学者。おもに細胞レベルでの記憶のメカニズムの研究に取り組むとともに、脳神経科学の一般向けの解説にも力を入れている、と帯にある。

『快感回路 なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか』(デイヴィッド・J・リンデン 著、 岩坂 彰 翻訳、河出書房新社)

 原書の副題は、「私たちの脳はどのように、高カロリー食やオーガズム、エクササイズ、マリファナ、慈善行為、ウォッカ、学習、ギャンブルをすごく気持ちいいと感じさせるのか」である。ここに示唆されるように、本書は医学的な依存症のみを扱っているのでも、文化的な「悪徳」に焦点を当てているのでもない。

 著者によると、「非合法な悪習であれ、エクササイズ、瞑想的な祈り、慈善的な寄付行為といった社会的に認められた儀式や習慣であれ、私たちが生活の中で『日常から外れた』と感じる経験はほとんどの場合、脳の中の、解剖学的にも生化学的にも明確に定義される『快感回路』(報酬系)を興奮させるものである」。

 すなわち、買い物であれ、セックスであれ、ギャンブルであれ、あるいは学習や祈りや激しく続くダンス、オンラインゲームであれ、これらは等しく、脳の一連の領域へ収束する神経信号を生み出す。人間の快感は、この小さなニューロンの塊の中――「内側前脳快感回路」と呼ばれる領域――で感じられている、というのである。

 「ハレ」と「ケ」という日本人の感覚でいいかえるなら、「ハレ」の経験は善も悪も、脳の同じ回路で快感として処理される、ということか。

 こうした現象は、神経機能に関する知識が積み重なってきたことと同時に、脳を精密に計測したり観測したりする技術が開発されてきたことで、わかってきた。脳研究、なかでも快感をめぐる神経生物学の分野での進展はめざましい。本書は、そうした研究成果を数多く紹介しており、研究全体を概観するのにも役立つ。

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「オトナの教養 週末の一冊」

著者

東嶋和子(とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

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