オトナの教養 週末の一冊

2014年9月26日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 女優アンジェリーナ・ジョリーのしなやかで官能的な肉体美は、彼女の魅力の大きな要素であろう。ところが、彼女は健康な乳房にメスを入れ、乳腺を予防的に除去する手術を受けた。

 ファンの一人としては少なからず衝撃を受けたが、その理由を聞いて、考えた末の選択なのだと受けとめた。母親と叔母が乳がんで他界していることから、アンジーも遺伝子検査を受けたところ、約70~90%の確率で家族性に乳がんを生じるとされるBRCA1という遺伝子に変異がみつかったためという。

 米国ではアンジーのように、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群が疑われる患者は遺伝子検査を受けるのが一般的になってきていると聞く。多くの保険会社が費用を負担するようになったとも。

 日本では最近、唾液を採って送るだけで病気のリスクがわかる、とうたうネット広告をしばしば目にするようになった。どこまで精度があるかわからないが、結果を知った後の判断を支える体制はあるのか、個人情報はどう扱われるのか、疑問符が並ぶ。

米国の遺伝子検査をめぐるリアルな実態

 おりしも、妊婦のわずかな血液で、胎児がダウン症などの染色体疾患かどうかを高精度に見分ける「新型出生前検査」が登場し、臨床研究1年の経過が公表された。

 集計されたのは、全国の認定医療機関のうち37施設で検査を受けた7740人のデータ。「陽性」の結果が出た妊婦は142人で、確定診断のための検査(おなかに針を刺して羊水を採取する検査)に進み、染色体疾患と判定されたのは113人。その97%にあたる110人が人工妊娠中絶をした。「染色体疾患イコール中絶」ともいえそうなショッキングな数字だ。

 臨床研究では「十分な遺伝カウンセリング体制を整えている」というものの、受診者のアンケートでは、ダウン症の特徴や倫理的な側面についての理解度は低かった。中絶を選んだ親に事情があるとはいえ、病気の内容やダウン症の人たちの暮らしぶりをもっと知っていれば産む選択もあったのでは、と思わざるを得ない。

 私たちはだれもが遺伝子の変異を抱えている。この事実を前提に、自分や家族や子どもが遺伝子検査を受けることがどういう意味をもつのか、しばし立ち止まって考えることが必要ではないか。

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