2024年5月20日(月)

BBC News

2024年5月8日

ジェイムズ・ウォーターハウス、BBCウクライナ特派員、ドネツク州

春を迎えたウクライナでは、新緑が豊かに生い茂る。その緑陰に紛れて、砲兵部隊が待機している。

部隊は、製造から50年という年季の入ったランチャーからロケット弾を発射する。しかしそれは、彼らの任務のごく一部にすぎない。砲兵隊はもっぱら、丘の中腹に新しい塹壕(ざんごう)を掘ることに時間をかけている。

武器の数でも兵士の数でも侵略者ロシアに劣るウクライナ部隊は、東部ドネツク州で、ロシア軍から5キロ離れた場所にいる。そのロシア軍は、じりじりと迫ってきている。

アメリカから届く弾薬が、ウクライナ部隊の助けになるだろうと期待されている。ただし、兵士増員の課題に対するウクライナ政府の取り組みには、異論も批判もある。

ウクライナでは4月、兵士動員に関する改正法が成立した。法案に当初盛り込まれていた、動員兵は3年後に動員を解除されるという条項が、軍の要請を受けて削除されたため、動員が無期限になっていると批判を浴びた。

そして今、長引く戦いに疲弊する兵士たちは、軍は徴兵のやり方を「再考」する必要があるとBBCに話した。

ウクライナ政府は補充要員を見つけるために徴兵年齢も引き下げている。これは単なる数遊びではない。

第21独立機械化旅団の無線オペレーターを務めるオレクサンドルさんを含め、何万人もの熟練兵は、まともな休みも取らずに、この2年間の大半を戦い続けてきた。

「私たちが家に戻れば、経験の浅い兵士たちでもロシア軍との戦線を維持できるかもしれないが、その多くは死んでしまう」と、オレクサンドルさんは言う。

オレクサンドルさんは、ほかの4人の兵士と寝泊まりする塹壕の中で、受話器を軽くたたく。塹壕の中の空気はよどんでいて、兵士たちがいかに長時間ここで暮らしているかがわかる。

壕の外に広がる森林の光景から、ここは平穏な場所なのかと錯覚しそうになる。その錯覚は定期的に、ひゅうっと頭上を飛んでいく砲弾の音に破られるのだが。

昨年の今ごろは、春が来て土が固まれば、待望の反転攻勢が始まるという期待感があった。

ウクライナでは冬に地面が凍結するが、春になると乾いて固まる。つまり、人員や装備を動かしやすくなるのだ。

しかし今年の春は様子が違う。地面が固くなった分、地面を掘って防衛拠点を作る部隊の作業が、難しくなっただけだ。

「うちの兵士はそれはもう長いこと戦い続けてきたおかげで、(この任務の)プロになった」と、司令官は誇らしげに言う。

司令官のコールサインは「シチュ」。迷彩ネットの下にある移動式ロケットランチャーを指さす。

「一台一台、女性のようなものだと、兵士たちは分かっている」と司令官は言う。「それぞれに個性がある。独自の癖や特徴がある」。

安全な場所に隠されている1970年代のトラックは、ウクライナ軍の現状を象徴する。なにかと旧式だが、GPS誘導システムなど新しい技術も備えている……とはいえ、ロケット弾という不可欠な要素が欠けている。

対するロシア軍は、現代の戦争技術の粋を集めたとは言えないながらも、ウクライナ東部前線の複数カ所で前進している。ウクライナが新しい塹壕を30キロ後退して掘っているのはそのためだ。

侵略軍はこれまでの経験から戦術面で学習し、制空権を握っている。ロシア政府は武器の製造量も大幅に増やし、ウクライナを上回るスピードで兵士を動員している。

それでもウクライナ政府は「必要な限り戦い続ける」と繰り返すし、森の塹壕にいる兵士たちの思いも一緒だ。

私たちが取材する兵士たちは、完全に自由に話すわけにはいかないと思っていたかもしれない。

しかし、ウクライナ東部クラマトルスクの中央広場で会った衛生兵のイリアさんは、比較的周りを気にせずに話してくれた。

イリアさんは、入隊するとはどういうことか、軍は正直に説明してこなかったと言う。

徴兵担当者が、入隊後最初の6カ月間は「超ハード」だが、その後はより専門性の高い特定の役割に応じた訓練が受けられると説明すれば、もっと効果的に人員を確保できるはずだと、イリアさんは主張する。

「歩兵は軍の中で最もハードな仕事だ」

イリアさんはくたびれているものの、戦闘中に恐怖で硬直した徴集兵と塹壕で隣り合わせになるのは、うれしくない事態だとも言う。戦場の現実について透明性が欠けていることが、志願者が増えない一因だとも考えている。

「この戦争が10年続いたらどうする」

私たちは、兵士動員法案の議決に棄権したインナ・ソヴスン国会議員に話を聞いた。キーウで、議員のいつものジョギングコースを一緒に回りながら。

ソヴスン氏のパートナーは最前線で、衛生兵として働いている。

「彼が今どこにいるのか、毎晩のように心配している」と、同議員は言う。「何百万人ものウクライナ人と同じように」。

ソヴスン議員は兵士のローテーションにもっと注力すべきだと考えている。ウクライナには、現在戦線にいる兵士約50万人と交代できるだけの、徴兵年齢に達した男性が十分いるからだと。

「(新兵とは)交代させられない、高度な訓練を受けた兵士もいるが、塹壕にいる兵士はどうだろう」と、ソヴスン氏は問いかける。「訓練には時間がかかるが、この戦争が10年続くなら、どうするのか」。

「私たちは、開戦初日から従事してきた人たちに頼るふりはできない」

ウクライナ軍の採用はこれまでのところ、過去の汚職疑惑や志願者の減少がネックになっている。

閣僚たちは現在、二つの重要目標を追求している。徴兵制度への信頼を回復すること。そして、男性に対する従軍圧力を高めることだ。

現在の戦況はウクライナに不利だ。それだけに、政府は二つの目標をなかなか実現できずにいる。

(追加取材:ハンナ・チョルノス、サンヤラット・ドクソネ、アナスタシィア・レフチェンコ、ハンナ・ツィバ)

(英語記事 Ukraine War: 'If we go home, a lot of inexperienced soldiers will die'

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c2542p1vrxpo


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