古都を感じる 奈良コレクション

奈良は月が美しい

西山 厚 (にしやま・あつし)  帝塚山大学教授、前奈良国立博物館学芸部長

帝塚山大学文学部文化創造学科教授。前奈良国立博物館学芸部長。徳島県鳴門市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。奈良国立博物館では「女性と仏教」など数々の特別展を企画。主な著書に『仏教発見!』(講談社現代新書)、『僧侶の書』(至文堂)など。日本の歴史・思想・文学・美術を総合的に見つめ、書き、生きた言葉で語る活動を続けている。

古都を感じる 奈良コレクション

3つの世界遺産と211の国宝を有し、1200年以上にわたって続く伝統行事・文化財も多い奈良。日本文化にとって、これほど大切な土地はありません。古都の呼吸が隅々まで行き渡る奈良にはファンも多く、かつて、和辻哲郎や白洲正子、入江泰吉ら多くの文化人も、その魅力に取りつかれてきました。
本連載では、2010年に平城遷都1300年を迎えた奈良のふか~い魅力を、日本史・仏教史の専門家として活躍する奈良通の著者が、タイムリーな話題とともに紹介します。

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 今年の中秋の名月は10月3日だそうで、この日は奈良の各地で観月の行事がおこなわれる。唐招提寺では鑑真和上の肖像を安置した御影堂が公開され、観月会(かんげつえ)が催される。

唐招提寺観月讃仏会(入江泰吉撮影)  入江泰吉記念奈良市写真美術館所蔵 *禁転載

 
藤原仲麻呂が乗った第一船以外の三船は、前後はしつつも無事に日本へたどり着く。このとき、第二船にはすでに失明している鑑真が乗っていた。

 天宝元年(天平14年/742)10月、日本僧の栄叡(ようえい)と普照(ふしょう)が揚州の大明寺にいた鑑真のもとを訪れた。正式な受戒システムがないがゆえに多くの課題を抱えている日本仏教を救うため、誰かを派遣してほしいとふたりは懇願した。話を聞き終えた鑑真は月の話を始めた。

  山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁

 私はこんな詩を知っている。それは日本の長屋王が中国の僧に施した千枚の袈裟の縁に刺繍されていたものだ。「山川、域を異にすれども、風月、天を同じうす、諸の仏子に寄せて、ともに来縁を結ばん」。中国と日本は国土が違い、山や川は異なる。遠く離れた異国である。しかし、空を吹く風、空にかかる月は、同じもの。鑑真には、美しい月を仰いで日本へ思いをはせたことがあったに違いない。

 昭和50年(1975)、中国仏教協会会長の趙樸初が、日中仏教協会の訪中団へ贈った詩のなかに「和風舞長屋(和風、長屋に舞い)」の句があった。日本と中国の仏教文化交流に尽力する人々にとって、長屋王の詩句は、現代にもなお生き続けている。

  「昴」という歌がある。作詞・作曲・唄は、いずれも谷村新司。「目を閉じて何も見えず、 哀しくて目をあければ、荒野に向かう道よりほかに見えるものはなし‥」と続く。これは映画「天平の甍(いらか)」とタイアップしたニッカウィスキーのCMのイメージソングである。「天平の甍」は、鑑真の苦難の日々を綴った井上靖の小説で、これが昭和55年(1980)に映画化された。「目を閉じて何も見えず」。当たり前のようだが、鑑真のイメージが内包されていることを知ると、その歌詞は胸に迫る。が、この歌は、鑑真その人のことを歌っているわけではない。「哀しくて目をあければ」とあるように、目をあけられるからである。

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著者

西山 厚(にしやま・あつし)

帝塚山大学教授、前奈良国立博物館学芸部長

帝塚山大学文学部文化創造学科教授。前奈良国立博物館学芸部長。徳島県鳴門市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。奈良国立博物館では「女性と仏教」など数々の特別展を企画。主な著書に『仏教発見!』(講談社現代新書)、『僧侶の書』(至文堂)など。日本の歴史・思想・文学・美術を総合的に見つめ、書き、生きた言葉で語る活動を続けている。

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