国土と日本人

2015年9月1日

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大石久和 (おおいし・ひさかず)

国土技術研究センター国土政策研究所長、日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)国土委員会委員長

1945年、兵庫県生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。同年、建設省入省。建設省道路局長、国土交通省技監等を歴任。京都大学大学院経営管理研究部特命教授、公益社団法人日本道路協会会長等を兼務。著書に、『国土が日本人の謎を解く』(産経新聞出版)、『国土と日本人』(中公新書)、『築土構木の思想ー土木で日本を建てなおす』(共著、晶文社)。

われわれのインフラ認識

 国土のうえに道路を整備したり河川を改修したりする行為は、公共事業とか公共投資とか言われるが、わが国では近年その効用が説かれるよりは、無駄だとか財政悪化の原因だとか、根拠や証明のない議論が行われてきた。

 公共事業が予算用語であるように、この言葉が表現できるのは、「今年は金額的にいくら事業をするのか、今年は何㎞整備できるのか」とか「今年は昨年より何%増えたのか、減ったのか」という経済的なフロー効果のことでしかない。

 もちろんフロー効果としても乗数効果とか生産誘発効果をもたらし、経済を活発化させGDPを増大させて、税収増を図ることができるのだから大いに意味があるものだ。しかし、公共事業の本来の目的はこのようなフロー効果の発現を求めるものではない。

 各年のフローの積分がストックとなって効用を発揮することを期待しているのである。河川の堤防を例にとると、一定の規格で上流から下流まで堤防が連続することによって、降った雨が洪水を引き起こすことなく海に流れる効用を求めて整備しているのである。今年この堤防整備にいくらのカネを投入したのかということ自体に大きな意味を持たせてはいないのである。

 道路は都市間をネットワークして意味をなす。港湾のバースでは、大型船が接岸できるように航路とバースの水深を確保できて初めて効果を発揮する。にもかかわらず、公共事業という言葉しか使わない(使えない)のであれば、これらの効果や効用を表現できないことになる。

 上記の効果はストックとしての効果であり、公共事業という言い方が意味するフロー効果ではなく、西欧諸国的な表現をすればインフラストラクチャーの効果なのである。インフラストラクチャーとは文字通り「下部の構造」ということであり、この単語を用いるということは「社会には人々の共通資産としての基礎構造が不可欠である」との認識を持つことを示している。

 ところが、わが国ではストックやインフラという認識を欠いたまま、予算用語の公共事業という言葉しか用いることができなかった。そのため「公共事業とはストックの育成である」とはならずに「公共事業とは予算の歳出である」とのレベルに止まってきた。

 そのため、図1に示すように財政危機宣言の1995年以降で見ると、世界の先進国のなかで唯一公共事業費を減らし続け、それも半減以下にしてきた国となったのである。(図にいう公的固定資本とは、公共事業費から用地保障費を差し引いたもので、国民の共通資産として国土に形成された道路本体などの固定資本を指す言葉である。公共事業費の推移と見てもいいものである)

 財政が厳しくない国などないのに、ほとんどの先進国では公共事業によって公的固定資本を増強し、鉄道の軌道、道路などを拡充して、自国の経済成長と経済競争力の強化を図ってきたのである。

 わが国よりもはるかに早くからインフラ整備を進めてきたイギリスが約3倍に、アメリカは約2倍に、フランスは約1.7倍に、ドイツが約1.06倍に公共事業費を伸ばし、鉄道の基盤や道路の整備(これらはわが国ではメディアが「従来型」と称している)をしてきたというのに、わが国はなんと0.47という削減ぶりなのである。

 なお、この図は国土交通省が経済財政諮問会議などに提出した完全にオープンにしている資料なのに、活字でも放送でもメディアが取り上げたことがない。国民が公共事業を考えるうえで最も基礎的なデータであるはずなのだが、主権者に届けるべき情報とは考えてはいないのだろうか実に不思議な話である。

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