オトナの教養 週末の一冊

2015年9月8日

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中村宏之 (なかむら・ひろゆき)

ジャーナリスト

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスク、調査研究本部主任研究員などを経て2017年4月より読売新聞東京本社メディア局編集部次長。『御社の寿命』、『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』、(いずれも中央公論新社)など

 タモリという芸能人をどの時代に知ったかによって、この本に対する共感の度合いは違ってくるだろう。タモリに対するイメージは世代ごとに異なると思うが、筆者(中村)の場合は、中学3年生の時に始まったフジテレビの番組「笑っていいとも!」のタモリである。

福岡、早稲田、保険会社、ボウリング場の支配人、バーテンダー、そして空白時代

『タモリと戦後ニッポン』近藤正高著 講談社現代新書

 筆者よりもっと上の世代は「四カ国語麻雀」だったり、「ハエ芸」だったりするのかもしれない。筆者はそうしたタモリの芸風について同時代的には知らないが、動画サイトにアップされている「四カ国語麻雀」は今見ても本当におもしろく、腹を抱えて笑ってしまう。

 「徹子の部屋」に出演しているタモリの様子についても動画サイトで見ることができるが、タモリの芸に黒柳徹子さんが爆笑している様子が印象的だ。

 「笑っていいとも!」の放送が開始された頃のことは、おぼろげながら覚えている。中学生なので冬休みや春休みといった長期の休みにしか正午に始まるこの番組は見られないのだが、「テレフォンショッキング」など斬新な手法をおもしろがって見た記憶がある。昼の帯番組を昨年の3月末まで約32年間にわたって続けたことは正直、すごいことだと思う。

 1945年生まれのタモリが70歳というのを本書で知り、あらためてびっくりした。70歳には見えないほどの若さである。本書はその70年の歴史を日本の歩みと共に追った伝記でもある。福岡、早稲田、保険会社、ボウリング場の支配人、バーテンダー、そして空白時代を経てあらためて上京し、赤塚不二夫氏のもとで居候する。そして1975年夏の衝撃のテレビ出演。タモリの生き方自体がまさにドラマになっている。

 タモリが当初テレビ向きではないと考えられていたことは意外である。多くの関係者がタモリの芸風を「密室芸」とみなし、テレビ向きではないと考えていた中で、赤塚氏などの奔走によりテレビの仕事を得て、時流に乗ることになる。このあたりは当初、みんなが反対していたものこそが、その後の時代を先取りしており、いずれスタンダードになってゆくという産業界の成功物語に似ていなくもない。

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