「風評被害」と早すぎた「食べて応援」が招いた回復しがたい分断
――新しい市民社会はどうすれば作り出せるのか(4)

毛利嘉孝(東京芸大准教授)×五十嵐泰正(筑波大准教授)


柳瀬 徹 (やなせ・とおる)  フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に飯田泰之・雨宮処凛『脱貧困の経済学』、五野井郁夫『「デモ」とは何か―変貌する直接民主主義』、若田部昌澄『もうダマされないための経済学講義』、五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』など。

対談

(画像:iStock)

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風評被害と「食べて応援」


毛利 僕自身、官邸前の運動とは直接関わっていないので、彼らが風評被害という言葉に批判的な理由を説明できるのかは怪しいのだけど、理由の一つはその言葉が使われ始めた時点での違和感が払拭されていないことですよね。つまり、東電や政府にとって都合の悪いことを全部「風評」に押し込めようとしたように見えた、ということなんです。

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五十嵐 それはよくわかります。

毛利 風評被害を訴える言説が、権力に迎合しているように見えた。そこにまず反発を覚えてしまったのではないか。

五十嵐 そうですね。このディスコミュニケーションの責任の一端は、間違いなく政府が初期に犯した失敗にあると思います。たとえば、よく槍玉にあがる「食べて応援」キャンペーン。さかのぼって調べてみると、農水省は2011年4月時点でこのフレーズを使っています。「食べて応援」は福島に限らず被災地全般の農産物について、ネットなどで自然発生的に出てきた言葉でした。それを農水省がすぐに取り入れて使い始めたという経緯があります。でも、福島県をはじめとして放射能汚染の危険性がある地域に関しては、11年春の段階では明らかに時期尚早だったと思います。

 柏で円卓会議を立ち上げようとした仲間たちの動機の一つに、この時期の「食べて応援」への違和感もありました。測定機器も全く普及していなかったし、土壌の汚染状況もわからない。現場の農家はもちろん、農水省だって安全を断言できる状況にはなかったはずで、この時点での「食べて応援」は単に情緒的なキャンペーンを志向していたと言わざるを得ません。

 消費者動向のデータを見ていると、11年の4月~8月あたりには福島産に対しても「食べて応援」というスローガンが一定程度効いていたことが窺えます。一種の「災害ユートピア」なのかも知れませんが、まさにこの情緒が効いて、福島の農家を助けたいという消費行動が起こっていたのは確かだと思います。ところが、福島県知事が県産米についての「安全宣言」を10月に出したあとに、当時の基準値だった500Bq/Kgを超える米が見つかってしまった。

 流通していないコメだったとはいえ、消費者が「裏切られた」「行政は信用できない」に転じてしまうには十分でしたし、ほかにもネガティブな事例が重なって、消費者の購買意欲はガクンと下がってしまったんです。僕と同じ筑波大学の農業経済学者の氏家清和さんがその推移を継続的に調査されていますが、もっとも下がっているのが11年11月で、一旦不信に転じた消費者の購買意欲はそこからはほとんど回復しなくなってしまいました。

 これはすごく理解できる反応で、少なくとも初期には「食べて応援」も「風評被害」も使うべき言葉ではなかったと思っています。

 ただ、現時点では状況はまったく違います。福島県産米は全量全袋検査が行われています。2014年産米は、約1100万袋すべてを調査しても基準値超えゼロという途方もないことが達成されているんです。農水省の人たちも福島県の農業関係者も農学や土壌学の専門家も、事故以降は徹底して農産物の汚染のメカニズムを究明しました。僕も円卓会議の活動でさまざまな資料を入手しましたが、とくに土壌からのセシウム吸収を抑える技術については、1年あまりの間に既にチェルノブイリ以降のウクライナでの研究蓄積を凌駕するほど、ものすごい勢いで研究されていたことがわかります。

 その結果、2013年の冬には「土壌中のセシウム濃度と農作物のセシウム量には一義的な相関関係がない」という報告まで福島県と農水省から出されています。つまり、カリウムを含む肥料をしっかり撒くなどの対策の有無が農作物のセシウム量を左右するのだという実証です。これは計測と対策に苦慮してきた僕らにとっては、ものすごい報告でしたが、こうした最新の知見はすぐに福島県中の生産農家に浸透していき、営農に反映されているんですよ。どんな立場やリスク判断に立つ人であっても、この現場の農家と専門家の血のにじむような努力を軽視したり、「御用だ」と決めつけるのはありえないと僕は思います。

 裏返せば、そこまでやらなければいけないほどの買い控えが起こってしまったということでもあります。さすがにすべての農作物で「ゼロ」を達成するまでは待てないにせよ、汚染状況を把握し、主要品目で対策が進んでいることを証明できる時点で「食べて応援」キャンペーンを行っていたら、このフレーズはもっと機能したし、ここまでの分断を招かなかったと思うんです。それが悔やまれてなりません。言説の構成を完全に間違えた、早まったんですよね。農産物についての「こじれ」はそこから始まってしまったし、海産物にもその連想が影響してしまっている。政府のコミュニケーションの初動の失敗を取り戻すのは、容易ではないと思います。

※氏家清和「農産物の放射性物質汚染に対する消費者評価の推移―2014年2月まで」

※福島県産米 全量全袋検査結果
平成24年産玄米―10,346,081点のうち、71袋が基準値100Bq/Kgを超える(0.0007%)
25年産玄米―11,006,550点のうち、28袋が基準値超(0.0003%)
26年産―10,983,903点を調査し、基準値超なし

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「対談」

著者

柳瀬 徹(やなせ・とおる)

フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に飯田泰之・雨宮処凛『脱貧困の経済学』、五野井郁夫『「デモ」とは何か―変貌する直接民主主義』、若田部昌澄『もうダマされないための経済学講義』、五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』など。

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