【特別対談】日本のソフトパワーを考える(全4回)

2009年10月8日

   現代の私たちの生活を振り返ってみると、食事ならば朝はクロワッサン、昼はそば、たまの夜にはフレンチ、といった具合に、各国の文化が混在しています。またさまざまな宗教を信じる自由があり、寺院の近くに教会が建っている、という地域も少なくありません。しかし一方で、日本の伝統文化においては継承者減少の危機を迎えるなど、長らく伝統を保ってきたさまざまな職人たちが消えつつあります。
 果たして、現代の “ミックス”文化は日本文化にとって吉と出るのでしょうか、それとも凶と出るのでしょうか。日本の“混成文化”とその中での軸足について議論していただきました。

―― 明治維新で「江戸時代を否定し、西欧列強に伍していくためにいろいろな文物を取り入れて、西欧化しなくてはいけない」という国是が据えられたときに、文化については、じわじわ、キノコのように反映させていくのではなくて、ちょっとラジカルにやってしまったんでしょうか。

青木 ええ。明治時代に皇室令が定められ、そのなかで服装令もつくられています。公の場でも天皇陛下の衣装は洋装。これは非常に大きいですよね。

バラカン 僕から見ると、日本人はみな同じ服を着ているように見えます。ビジネススーツでも、結婚式やお葬式でも。だから、“自分は何を着ても自分である”というヨーロッパ的な民主主義が浸透するとよいと思うんですが。

 やはりみんな一人ひとりが隣の人と違う格好をしてもおかしくない、恥ずかしくないという概念が根付くまでは、本当の民主主義は日本には多分来ないと思うんですよ。いかがでしょう?

青木 日本社会というのは、まだそういうタイプの社会じゃないですね。民主主義のあり方も、おそらくヨーロッパスタンダードから見れば、違和感があるんだと思いますが、日本はやはり同類的な原理に立っています。だから、これがある程度開かれてきて、異質なものを入れてもやっていけるような集団になっていかないと、これはおっしゃるようなものにはいかないと思いますね。

バラカン そうでしょうね。

青木 日本はアジアの国と比べても、国家が厚く個人を保護している。集団そのものが同類性に拠って成り立っていますから。それが創造的に開かれていかないと、日本社会の今後の展開は難しいだろうと思います。いろいろなものを入れながら、しかも集団性は維持して、社会がやっていけるかどうかですね。

バラカン そうですね。日本人も自分たちの社会はどういうものなのか、自分できちんと認識して、その上で将来をどのようにしたいかを考えなきゃいけない。今、ますますその必要性が高まってきているような気がするんですね。民主主義というと、どうしてもアメリカや西ヨーロッパと同じようなものとおぼろげに思い込んでいる人はおそらく多いと思うんです。でも、本当は全然違う。青木さんがおっしゃるように、日本は集団意識が非常に強い国ですから、それならそれで、この国なりの民主主義の形を模索しなければならない。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る