WEDGE REPORT

2015年12月21日

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 「内陸部の自治体は地震対策ばかりやってきた。水害訓練は経験がなくぶっつけ本番だった」。茨城県常総市の防災を担当する須藤一徳市民生活部長は肩を落としながらこう話した。

TOHAN AERIALPHOTOGRAPHIC SERVICE / AFLO

 2015年9月10日、鬼怒川は決壊し常総市は3分の1が水に浸かった。豪雨になりそうだという情報を得て、須藤部長は9月9日の夜から庁舎に詰めて災害対応を行っていた。

 常総市における降雨は、9日、10日ともに1日あたり40mmを超えることはなく、窓の外に見える雨は「そんなに強くなかった」(須藤部長)。雨が弱いにも関わらず、10日になると付近の水位が10分に20cmというすさまじいペースで上昇をはじめた。

 「市北部の若宮戸には自然堤防が切れているところがあり越水するかもしれないという認識があったが、南部までは来ないと思っていた」(須藤部長)

 深夜2時6分、国土交通省の下館河川事務所から常総市長へ一本の電話が入った。鬼怒川は国が管理する1級河川。国交省はFAXで水位や降雨の予想を送るだけでなく、電話を使ったホットラインで直接情報を伝える。

 2時20分、常総市は若宮戸周辺に避難指示を出し、4時には若宮戸から洪水が流れてくる恐れがある他の地区にも避難勧告を出した。しかし、「朝4時頃に避難勧告が防災無線から聞こえてきたが、二度寝した」と70代のある住民は語る。勧告を出しても住民の避難は進まなかった。

 そのころ国交省はできる限り下流へ流れる水を減らそうと、栃木県にある五十里(いかり)ダムなど4つのダムを一杯にする操作を行っていた。

 「ダムでは鬼怒川に流れる水の3割ほどを管理でき、水位を26cm程度低下させた」(同省関東地方整備局の羽澤敏行河川保全専門官)

 それでも水位は上昇を続け、6時頃に若宮戸から越水が始まり、常総市は避難指示の範囲をさらに広げた。

 11時42分、国交省から「21km(上三坂地区)付近で越水」とのホットラインがあった。さらに浸水が進み、1時間後の12時50分、越水の影響により付近の堤防が約200mにわたり決壊。避難指示を出していなかった同地区を濁流が飲み込んだ。

 「決壊の情報を聞いて慌てた。想像もしていなかった」(須藤部長)

 その後は混乱の極みだった。決壊した鬼怒川東側に避難指示を出したが、避難所は水に浸かり、翌11日午前0時頃には、災害対策本部のある常総市役所までもが水に浸かった。

 「まさか市役所まで水が来るほど流量があると思っていなかった。公用車は水に浸かり、市民と一緒に2階に閉じ込められてしまった」(須藤部長)

 避難指示を出せず、対策本部としての機能を失った常総市への非難が集中した。しかし、周辺自治体の防災担当者は「避難指示を出す目安となる水位のあたりを今まで見たことのないような速度で上がっていった。避難指示は出せたが適切なタイミングだったかは分からない。正直、常総市が決壊しなければ、うちも危なかった」と本音を漏らす。

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