2024年4月16日(火)

古希バックパッカー海外放浪記

2016年2月21日

[ベトナム・カンボジア・ラオス・タイ]
(2014.10.25-12.29 65days 総費用18万円)

ゲストハウスでの邂逅

 10月26日ハノイ(二日目) ゲストハウスの入口で背後から「ナップサックのチャックが開いていますよ」と日本語で声を掛けられた。前日ゲストハウスの屋上テラスで宿泊客に生ビールを振る舞うというイベントがあり、私も歓び勇んで参加したときに見かけた顔である。イスラム教徒のような風変わりな帽子を被って欧米のバックパッカー達と賑やかに飲んでいたので日本人とは思わなかった。

 人懐っこい笑顔だ。すぐさま意気投合、ゲストハウスのロビーでお茶を飲みながらお互いに自己紹介した。S君は東京出身で高校を卒業してからアルバイトで100万円貯めて数日前に日本を出立、これから数年かけて世界一周する計画であると。途中で資金が不足すれば現地でアルバイトして稼いで旅を続けるという。かなり破天荒で向こう見ずな計画であると内心危ぶんだ。しかし彼の話を聞くうちに私の心配は杞憂かもしれないと想い直した。

 彼の両親も国際派であり彼の中学時代に一家でニュージーランドに移住したが事情があって2年後に帰国。その2年間で英語を習得したようで欧米の若者たちと自然体で交流している。S君は几帳面なコメ粒ほどの文字で毎日欠かさず日記を付けており、なかなかの文章家である。世界を見てから自分が勉強したいことがあれば大学に行くつもりですと。18歳にして自分の人生は自分で決めるという自覚と意思を持っていると感心した。私が18歳の頃は単に「いい大学に行っていい仕事に就く」程度のことしか考えていなかったことを思い出し恥ずかしくなった。

ハノイ大聖堂の夕べの儀式

元気溌剌で楽しそうなバックパッカーは希少な存在?

 私は過去2年あまりの海外放浪でおそらく100人以上の日本男子バックパッカー(若者から中高年までの長期海外旅行者という定義)に出会っているが自分から求めて知己になりたいと思ったことはそれほど多くはない。S君はその一人である。

 日本男子バックパッカーの多くは旅を楽しんでいるというよりも、むしろ苦行僧のように海外旅行を続けているように見える人が多い。とりわけ英語を話すことが苦手で苦痛という人達は外国人旅行者との接触を避けているようにも思える。これでは“無言の行”を続けているのと同じである。

 また中高年の方に多いのは「どこに行った」「何を見た」「何を食べた」ということが主目的になっており、どれだけ多くの国・地域・都市・名所旧跡を訪問したかを重視するタイプである。話題は専ら「旅行の情報収集」である。もう少し軽いノリで心を開いて旅を楽しんでも良いのではないかと思う。


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