チャイナ・ウォッチャーの視点

2009年12月9日

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富坂 聰 (とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

 2009年の衆議院選挙を後から振り返り、ここが日本衰退のターニングポイント、とりわけ安全保障の点でそう位置付けられるのではとの疑問は、現在の在日米軍普天間飛行場を巡る沖縄の混乱を見るにつけ深まるばかりだ。

 というのも沖縄はいま、中国からの圧力により日本の防衛態勢の見直しを迫られている最前線であり、経済大国として台頭した中国の財政力は確実に日本の海へと及び、海防の概念を変えようとしているからだ。

 こんな状況下で在日米軍移転問題を選挙の争点に引っ張り出した民主党には、はたして日本の安全保障を体系的に見直すためのグランドデザインがあったのか。これまでを見る限りそうした背景は見えてこない。

二転三転する民主党幹部の発言

 沖縄県民の期待は想像以上に大きく、9月末には「民主党がオバマ政権と『2014年の在日米軍全面撤退』に向けて裏交渉を始めた」との怪情報まで駆け巡ったが、アメリカとの話合いが具体化すると民主党幹部の言動はかえって顕著に揺れ始めたのである。

 まず北沢俊美防衛相が従来の辺野古(名護市)案に舵を切ると、岡田克也外相は「嘉手納統合」を提案。鳩山由紀夫首相の発言もオバマ大統領との会談前後で二転三転。さらに連立を組む社民党が「県内であれば政権離脱」との姿勢を示すと、再びグアム移転の可能性を探らせるという混迷ぶりを見せたのだ。

 辺野古ではすでに08年度の予算で下士官の宿舎が造られ、09年度の予算でも立体駐車場の工事が進行中だ。こうした事態に、当初は日本の政局に巻き込まれたと静観していたアメリカも業を煮やし「年内決着」、「辺野古しかない」と強く主張。これを受けて岡田外相は「連立している両党も、米国も納得する答えを見つけないといけない」(12月8日)と、日本の安全保障を皆が納得する妥結点に落とそうとする発言をしたのだった。

 そもそも普天間は、騒音と事故の危険性に悩んでいた住民が1995年の米軍兵士の少女暴行事件で反基地感情を爆発させたのをきっかけに翌96年に返還が決定。作業が進まないなか04年には海兵隊所属の大型輸送ヘリの沖縄国際大学への墜落事件が追い打ちをかけ、在日米軍再編における最大の論点となった。そして13年かけて日米がすり合わせを行った結果として06年に、苦しみながら基地機能の辺野古(キャンプ・シュワブ)移転でやっと米国と合意に至ったのである。

 つまり辺野古は「日米でさんざん詰めた結果」(自衛隊幹部)で、代替案など簡単ではないのだ。例えば岡田外相が口にしてすぐにトーンダウンさせた「嘉手納統合案」にしても、

 「嘉手納統合は空軍と海兵隊の仲が悪いなんていう単純な話ではありません。そもそも米軍は有事に備え複数の滑走路を確保しておきたいというのが一番。さらに技術的な意味では、回転翼(ヘリ)主体の海兵隊とジェット機主体の空軍が同じ飛行場を使うのは非現実的なのです。戦闘機が忙しく離発着している空港の付近にヘリがうようよ飛んでいたら邪魔ですし危険」(同)なのだ。

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