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2009年12月20日

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櫻井敬子 (さくらい・けいこ)

学習院大学法学部教授

東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。筑波大学助教授を経て2003年より現職。主著に『行政法』(弘文堂)、『行政法のエッセンス』(学陽書房)がある。

 地方分権という言葉には、何かきれいなイメージが漂っている。利権としがらみでドロドロした中央官庁(国)と地域住民のためにコツコツがんばる自治体(地方)という構図の中で、努力を重ねるけなげな自治体にささやかな権限と財源を、みたいなイメージである。

 2009年10月に出された地方分権改革推進委員会の第3次勧告の冒頭では、地方分権改革とは、「住民に身近な行政」をできる限り地方自治体に委ねるため、「国と地方の役割分担を徹底して見直す取組み」であり、今次の目標は地方自治体を自治行政権・自治立法権・自治財政権を具備した「完全自治体」となし、住民意思に基づく地方政治の舞台としての「地方政府」に高めることにあるとしている。美しく、崇高な理想に燃えたつ改革、それが地方分権改革なのである。

 ただ、ちょっと待ってほしい。美しかろうとなかろうと、結局のところ国民や住民のためになる改革であれば、文句をいう筋合いはない。

 しかし、言うところの「地方分権改革」にはいくつか紐解くべき霞が関内部での利害構造が厳然と存在しており、そこには決して美しくない思惑も見え隠れする。

 また、地方自治体を「完全自治体」にして「地方政府」に高めると、住民は本当に幸せになれるのかという素朴な疑問があるほか、分権を徹底したら国はどうなるのか、道州制の議論はどう絡むのか、そんなことも気になってくる。

 第3次勧告では、義務付け・枠付けの見直しによる「条例制定権の拡大」が強調され、勧告の副題にも「自治立法権の拡大」が謳われている。自治立法権とは、地方議会が条例を制定する権能のことであり、条例は地方行政のもっとも基本的な規範であって、国でいえば国会が制定する法律に相当する。

 ただ、地方はあくまでも国の一部であることから、憲法では条例は「法律の範囲内」で定めるべきこととされており(憲法94条)、自治体の条例制定権は国の法令による制約の下に置かれている。そのため、国は多くの事務について法令により一定の基準を設けているが、そうした義務付け・枠付けを廃止・緩和し、自治体が条例を定めることにより地域の実情に応じた対応ができるようにしようというのが、勧告の趣旨である。

封印されてきた地方の「受け皿論」

 なるほど至極もっともな改革であり、どんどんやったらいいじゃないかということになりそうであるが、実は、ここには委員会があえて触れていない「地方の実力」問題がある。つまり、地方が地域の実情に応じた条例を作れば世の中が良くなるということがいえるためには、地方がきちんとした内容の条例を作れるだけの法的実力、政策能力があることが当然の前提となる。これを「受け皿論」といい、地方分権改革を進めようとする場合につねに問題意識としてのぼりながら、それを言い出すと改革が進められない現実があるため、ずっと封印されてきた問題である。

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