7月20日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、同紙のウルフ副編集長が、もし西側政府のエリートが国民の怒りに耳を傾けなければ、民主主義国家と開けた協力的な世界を共存させようとする努力は挫折するだろうと述べています。論説の要旨は、以下の通りです。
明確で、簡単で、間違った答え
米国のジャーナリストで痛烈な風刺で知られるH.L.Menckenは、すべての複雑な問題について、明確で、簡単で、間違った答えがある、と言った。確かに西側世界は多くの市民の不満という複雑な問題に直面している。同時に米国のトランプや、フランスのル・ペンのような政権を狙う者が、国家主義、移民排斥、保護主義と言った、明確、簡単で、間違った解決を提案している。
では、市民の反発をどう説明するか。
答えの重要な部分は経済である。生活水準が上がること自体いいことである。と同時にそれは民主主義を下支えする。民主主義の下では、すべての人の生活水準が同時に良くなることが可能である。生活水準が向上すれば、人々は経済的、社会的混乱に対処できる。他方、生活水準が向上しないと怒りを生む。
実質所得が長期にわたって停滞したのは、金融危機とその後の回復が弱々しかったためである。その結果、ビジネス、行政、政治のエリートの能力と誠実さに対する国民の信頼が失われた。そのほかにも、高齢化(特にイタリア)、国民所得に占める賃金の比率の低下も実質所得の長期停滞をもたらした。
国民の不満の原因は、それ以外にも文化環境の変化や移民がある。移民については、豊かな国のほとんどの国民にとって、市民権は最も価値のある資産であり、外部の者と共有することに憤りを感じる。Brexitは一つの警告であった。
それでは、何がなされるべきか。
第1に、繁栄は相互依存によってもたらされることを理解する必要がある。主権の主張と世界的な協力の必要性を調和させることが重要である。国自体ではできないこと、すなわち基本的な世界の公共財の供給に焦点を当てるべきである。この点から今優先すべきは気候変動である。
第2は資本主義の改革である。金融の役割が大きすぎる。株主の利益が重視され過ぎている。
第3に各国ではできない分野での国際協力で、脱税対策が最も重要だろう。
第4に投資、技術革新の推進、最低賃金の引き上げなどにより経済成長を加速させることである。
第5にほら吹きと戦うことである。労働者の流入を防いでも賃金を変革できない。輸入制限は高くつき、製造業の雇用比率を上げることに繋がらない。
なによりも問題の重要性を認識すべきである。長期停滞、文化的混乱、政策の失敗が重なると、民主主義の正統性と世界秩序のバランスが揺すぶられる。トランプ候補は一つの結果である。このバランスを取り戻すため、想像力に富み、野心的な考えが提示されなければならない。容易ではないが失敗は許されない。我々の文明そのものの運命がかかっている。
出 典:Martin Wolf ‘Global elites must heed the warning of populist rage’
(Financial Times, July 20, 2016)
http://www.ft.com/cms/s/0/54f0f5c6-4d05-11e6-88c5-db83e98a590a.html