チベットの子どもたちの希望の星

チベット声楽家 バイマーヤンジン


安斉辰哉(あんざい・たつや)
月刊「WEDGE」元編集長。

トップランナー

人間の可能性を追求して、一度きりしかない人生を、精一杯切り拓こうとしている人々へのインタビュー。真の“トップランナー”が語る珠玉の言葉に込められた、その逞しい“人間力”に触れれば、あなたもきっと、やる気がみなぎるはず。

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年末、筆者はNHKドラマ『坂の上の雲』を見ていた。国の勃興期、今日よりも明日がよくなると信じて疑わなかった時代。俳優たちが演じる主人公の、目を輝かせた表情を見るにつけ、対照的な今の日本を思った。

 同じ表情を今、チベットで見ることができる。これまで教育を受けることが叶わなかった遊牧民の子どもたちが、学校に行く機会を得て、人生に新しい可能性が拓けることを信じて勉強に励んでいる。

 子どもたちにその機会を与え、彼らが夢を持ち続ける力にもなっている一人の女性がいる。チベット声楽家、バイマーヤンジン。日本人と結婚し、コンサートや講演などで集めたお金で、これまでにチベットで10の小中学校を建ててきた。ヤンジン自身、チベットの遊牧民の子として生まれ、教育によって人生を拓いてきた。

大学に行けば 故郷のために何かできる

バイマーヤンジン(Bema Yangjan)
1967年チベット生まれ。四川音楽大学を卒業、同校講師を務めた後に結婚して来日。全国でコンサートや講演を行う。チベットの子どもたちに教育の場をと、今までに10の小中学校を建てた。http://yangjin.jp/     写真:田渕睦深

 「私の生まれた村は(四川省の省都の)成都から山をいくつも越えたところにあります。交通手段はバスだけで、順調にいけば成都から2日で着きます。チベットは平均標高が4200メートルで、農作物はあまり採れず、遊牧民が多い。自給自足ですから現金収入がなく、税金が払えないので学校がほとんどありません。だから遊牧民の子どもの半分以上は、学校に通えません。私の家庭も貧しかった」

 「私の両親も学校に行けなかったので、字が読めません。それで悔しい思いをしたことを、いつも話してくれました。特に『土地革命』の時、中国政府の役人が持ってきた文書に、説明を信じて拇印を押したら、翌日から先祖代々の土地の3分の2を政府に取り上げられてしまったことを、『心臓が破れるくらい悔しかった』と語りました」

 ヤンジンの両親は、子どもには違う人生を歩んでほしい、だから教育を受けさせようと、小学校のある町に移住した。10代半ばだったヤンジンの長兄が「僕が草原に残って放牧をするから、妹と弟を学校に行かせてあげて」と家計を支えることを申し出た。

 「食べ物がない時も、まず両親が、それから3人の姉が、我慢して私に食べさせてくれました。兄は苦労して、私の父と間違われるくらい老けこんでまで、自分の幸せをすべて妹弟にわけてくれました。母にはよく『勉強しなさい』って言われましたが、たっぷりの愛情を感じていましたから、私のためを思っての言葉だとわかっていました」

 もらった教科書を開いて匂いを嗅ぎ、そこに書かれた自分の知らない世界を想像するのが好きだったというヤンジンは、中学から高校、大学へと進むことを夢見るようになる。

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