【五輪現地ルポ】リオデジャネイロはいま

2016年9月18日

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佐々木正明 (ささき・まさあき)

産経新聞リオデジャネイロ支局長

1971年岩手県生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。産経新聞社に入社、神戸総局、横浜総局、大阪本社社会部等を経て2014年10月までモスクワ支局長。著書に『シー・シェパードの正体』(扶桑社新書)、『恐怖の環境テロリスト』(新潮新書)

 障害者スポーツの祭典パラリンピック・リオデジャネイロ大会は連日、激戦が繰り広げられ、ハンディキャップを負いながら、限界に挑むトップアスリートたちが世界の人々に感動と勇気を与えている。彼らが抱える試練は身体障害だけでない。重度の障害を抱えて生まれたとして親に捨てられ、幼いころ孤児院で過ごした辛い過去や戦争で瀕死の重傷を負った経験を乗り越え、世界の檜舞台に立っている。知られざる壮絶な人間ドラマが彼らにはあり、それは現代社会の負の側面を映し出している。

リオパラリンピック開会式(写真:Agencia EFE/アフロ)

9・11同時多発テロ後のパラリンピックの世界

 リオ大会では世界新記録が連発しており、パラリンピアンのレベルが健常者のレベルにどんどん近づいている。すでに陸上や水泳を中心に100以上の記録が出され、陸上男子1500メートルの決勝タイムは4位までがリオ五輪の金メダリストの記録を上回った。

 こうしたパラリンピアンのレベル向上を加速させているのは、戦争で負傷した軍人や元軍人たちの存在がある。身体を鍛え、そもそも障害を負う前からアスリートの素質を持っていた彼らは、心身のリハビリのためスポーツに励み、最高峰であるパラリンピックを目指す。

 特に15年前の9月11日、米同時多発テロが発生して以降、パラリンピックの出場選手の出自に顕著な変化が現れた。対テロとの戦いで泥沼の戦争が起きたアフガニスタンやイラクに派遣された過去を持つ兵士の参加が増えだしたのである。

 特に多国籍軍の中心となった米軍出身者の参加は多い。公式サイトの経歴を見る限り、少なくとも14人いる。彼らは急死に一生を得て帰還、障害者スポーツの世界に入った。

 競泳種目に出場したスニダー・ブラッドリー(32)は2011年、海軍特殊部隊の一員として激戦地であるアフガニスタンのカンダハールに派遣された。地雷除去の任務を担わされ、その最中にアフガン兵士と交戦。仲間を救おうと移動した際に、わずか50センチ先で地面に埋まっていた「即席爆破装置」(IED)が爆発した。

 手足を失うような負傷ではなかったが、破片が両目に突き刺さった。生死の淵をさまよい、その後、1週間以上にわたりのべ100時間の大手術を受けた。結局、命は助かったが、両目を摘出。全ての視覚を失った。

 帰還後、待っていたのは過酷な現実だった。ブラッドリーが米メディアに当時をこう振り返った。

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