世界の記述

2017年2月20日

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水谷竹秀 (みずたに・たけひで)

ノンフィクションライター

1975年三重県桑名市生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業、カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『脱出老人』(小学館)。

 フィリピン国内で実業家の韓国人男性(53)が拉致、殺害された事件が1月半ばに発覚し、在比韓国人社会に衝撃が走っている。犯行グループの中にはフィリピン国家警察所属の現職警官が複数含まれていたことから、ドゥテルテ現政権は同様の悪徳警官を一掃し、政権発足以来続けてきた麻薬撲滅戦争を一時中断する事態にまで発展した。

(写真・iStock)

 事件が発生したのは昨年10月。首都マニラから車で約2時間北上したルソン地方パンパンガ州の自宅で、被害者の韓国人男性は警官らに車で連れ去られ、絞殺された。連行された理由は麻薬密売への関与を疑われたため。遺体は火葬されたが、遺灰は葬儀社のトイレに流されたという。男性の行方を捜して被害届けを出した韓国人妻は、犯行グループから身代金を要求され、500万ペソ(約1200万円)を支払っていた。

 事件発覚後、関与を疑われた複数の現職警官は逮捕された。この事態を受けて在フィリピン韓国商工会議所は声明を発表し、市民の安全を守るべき警官が主導した凶悪犯罪に強く心を痛めているとして、事件解決への徹底捜査を呼び掛けた。

 フィリピン在住の韓国人は約12万人に上り、日本人(約1万7千人)の7倍程度の規模だ。住み始めて4年半になる語学学校社員の韓国人男性(40代)は、外国人を標的にした治安当局による恐喝事件が横行している現状を踏まえ「元々警察は信用していなかったが、まさかこんな残酷な殺害事件が起きるとは思わなかった。残された遺族のことを考えると本当に怒りが込み上げてくる」と語った。

 フィリピンに23年間住んでいる韓国人女性(40代)も「警官が人殺しをして、その遺灰をトイレに流すなんて初めて聞いた。人権を無視した計画的犯行に違いない」とまくし立てるように憤った。今回の事件発覚後、韓国人観光客を標的にした恐喝事件が起きていたことも分かり、関与を疑われた現職警官7人が腕立て伏せの罰則を受ける模様がメディアで報じられた。女性はこの報道に言及し「フィリピンの警察がまた別の韓国人を標的に復讐するのではないかと不安だ」と心境を吐露した。

 マニラの安全な高級住宅街で暮らす、フィリピンに来てまだ2カ月という日系企業社員の韓国人女性(20代)は、「フィリピンでの韓国人殺害事件は何度も聞いているが、自分はビジネスをやっているわけではなく、普通の会社員なので標的にされることはないだろう。この国に危ないという印象もない。ただ、警官による残虐な殺し方にはショックを受けた。厳罰処分を受けるのは当然」と語り、冷静な見方を示した。

 ドゥテルテ大統領が続行していた麻薬撲滅戦争に大多数の国民は「満足」と感じているが、その裏側では、麻薬撲滅の波に乗じた悪質な犯罪が見え隠れしている。 

  
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