チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年5月12日

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有本 香 (ありもと・かおり)

ジャーナリスト

企画会社経営。東京外国語大学卒業後、雑誌編集長を経て独立。近年とくに中国の民族問題の取材に注力している。『中国はチベットからパンダを盗んだ』(講談社)『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』(祥伝社)の他、近著に『中国の「日本買収」計画』(WAC BUNKO)がある。

 4月末の上海万博の開幕と共に、日本のメディアは「中国の今」を盛んに伝え始めた。その裏ですっかり忘れられた存在がある。万博開幕の2週間前に、上海から遠く離れた青海省玉樹(チベット名:ケグドゥ)で大震災に遭った人々だ。

 震災から約1カ月がたった今、被災者たちはどうしているのか? 復旧活動は進んでいるのか? 現状をお伝えしたい。

雪に埋もれるテントで暮らす被災者たち

 海抜3800mの被災地では4月末でも雪が降る。雪に埋もれたテントで暮らす被災者の写真がインターネットを通じ世界に公開されたのは、ちょうど日本のメディアが、「上海万博開幕まであと数日」と盛り上がっていた頃である。

 たとえが適切ではないかもしれないが、今にも雪に押しつぶされそうな被災者のテントは、日本の雪国の「かまくら」のようだ。突然の災害で家、家族、家畜、家財の一切合財を失った被災者が暮らす環境とは到底信じられず、見ていると胸が詰まる。

 上海の夜空に何万発もの花火を挙げて「大国ぶり」をアピールする前に、その何分の一かの費用で、玉樹の被災者にまともな「仮の住処」を用意するというのが、真の大国の政府が取るべき行動であることは論をまたない。

 青海地震の直後、中国政府は外国のメディアの被災地への立ち入り、取材は許した。このことについてはダライ・ラマ14世法王側も、「高く評価したい」旨のコメントを発表していた。一方で中国政府は、外国政府からの救援隊の派遣の申し出は断り、被災地を慰問したいというダライ・ラマ14世法王の申し出は歯牙にもかけなかった。

 富士山の頂上よりも高い山間地での取材活動はもとより限界がある。外国のメディアクルーが長期間逗留して取材することは難しく、震災から1週間も過ぎればたちまち世界のメディアの報道は少なくなるはず……。はじめからそう予想しての取材容認ではなかったか、というチベット人もいる。

 では、現在被災地はどうなっているのか? 被災者の方々はどのように過ごしているのだろうか?

 チベット亡命政府は、国家でいえば大使館に匹敵する出先機関を世界各地に設置しているが(日本にあるのはダライ・ラマ法王日本代表部事務所)、その在台湾事務所の代表を務めるダワ・ツェリン氏は、ケグドゥの出身である。氏に故郷の現状について聞いた。

震災1週間後の「エコ高原リゾート化宣言」とは

 ダワ・ツェリン氏はケグドゥで育ち、成人してから自らの足でヒマラヤを越えインドへ亡命した。中国占領下のチベットで教育を受けたために中国語が堪能で、亡命後、難民学校で勉強しながら亡命政府の職員として働いてきた。

 氏によると、現在被災者はテント生活を余儀なくされているが、テントにも住めない人も多く、各地の親せきの家に居候しているという。

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